マスクが自己表現になる時代の到来

アメリカで「布製」マスクを着用しようという呼びかけが広がっているようです。なぜ「布製」なのか。マスクを取り巻く深刻な状況を伝えつつ、すべての人がマスクをすることの重要性をアメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんが訴えます。

風邪のシーズンや飛行機を使った海外旅行のときなど、日本人はふだんからマスク着用を習慣にしている。けれども、アメリカでは「マスクには予防の効果はない。手洗いのほうが予防効果あり」という研究結果がゆきわたっており、「マスクは風邪やインフルエンザにかかった人が他人にうつさないようにかけるもの」というのが常識だった。また、マスクを着けると人相や表情がわかりにくくなるので、「怪しい人物」というイメージも与えやすくなる。こういった習慣の違いから、日本人が海外でマスクを着けて歩いていると、変な目でみられることが多かった。

これに加え、トランプ大統領は最近まで新型コロナウィルスのことを「チャイニーズ・ウィルス」と呼び続けていた。「中国人が持ち込み、広めている病気だ」というメッセージを間接的に伝える表現だ。だから、マスクを着けて外出したアジア人は「アメリカで病気を広めている者」だとして敵意を持って見られ、差別的な言葉を投げかけられたり、攻撃にあったりする事件がアメリカ各地で増えていた。私もマスクを着けて買い物に出かけて差別的な扱いを受けたひとりだ。

私は2月末に日本に帰省する予定だったが、そのときにも差別的な扱いを受けないように、飛行機の中に入るまでマスク着用をがまんしようと思っていたくらいだ。

ところが、最近になってアメリカ人のマスクに対する態度が変わってきた。


アメリカで「布製」のマスク着用が推奨される理由

ロックダウンになった地域でも食料品などの生活必需品の店は開いていて、買い出しのために外出することは認められている。そのスーパーマーケットで、アジア系以外の人がマスクを着用している姿を多く見かけるようになった。

そして、全米に先駆けて、ロサンゼルス市長のエリック・ガルセッティが、4月1日にロサンゼルス市民全員に「布製」のマスク着用(布で顔を覆うこと)を勧告した。

4月3日にはCDC(アメリカ疾病予防管理センター)も布製のマスク着用を勧告する公式発表を行った。

粉塵や病原体から身を守るためのN95などのマスクとは異なり、使い捨ての医療用マスクや布製のマスクを着けてもウィルスは侵入してくる。だから、防御としての効果はあまりない。けれども、病原体保有者から健康な人への感染を予防する効果があるとわかってきた。だからこその「マスク着用の勧告」だ。

また、CDCの説明にあるように、最近発表された数々の調査で、無症状病原体保有者や最初は無症状でも後に症状が出る人が他の人に感染させることがわかってきた。症状がなくて一見健康に見える人が、喋る、咳をする、くしゃみをするといった行為で健康な人に感染させる。このような形で新型コロナウィルスが拡散するのを防ぐために、「6フィート(約2メートル)のソーシャルディスタンス(人と人との間の距離)を保ちつつ、布で顔を覆うようにせよ」と指導しているのだ。

マスク使用はともかく、アメリカの公式勧告が「布製」にこだわるのを不思議に思う人もいるだろう。

それは、特殊な呼吸器保護用マスクの「N95マスク」など、すでに医療現場で不足している医療用マスクがブラックマーケット(闇市場)に流れるのを防ぐためだ。

N95マスクは、新型コロナウィルスが中国で流行し始めた頃からアメリカの薬局で売り切れになっていた。病院ですら足りない状態なのに、一般人が入手できるはずはない。ところが、N95マスクを着けてスーパーマーケットで買い物をしている人がいるし、フェイスブックにはN95の広告も出る。

最近のことだが、N95マスク約20万枚、医療用マスク約13万枚、外科用手袋60万枚、その他多くの保護装具や消毒用品をためこんでいた男がFBIの強制捜査で逮捕された。医療現場で保護装具が足りないために自分で購入を強いられている医師などに7倍の価格で販売していたという。

そもそも、患者を救うために命がけで働いている医療従事者が病院から十分な保護装具を受け取ることができないという現状が絶望的なのだが、それにつけこんで金儲けをしようとする者、医療現場に行くはずのマスクを闇市場で買うことに罪の意識を感じない人がいることが絶望的だ。

こういった絶望的な状況を作る人を無くすためには、需要をカットするのが一番だ。だから、ガルセッティ市長は、「N95マスクや外科用マスクは使うな」とツイートで強調し、「布」で顔を覆うことを推奨している。それでもN95や外科用使い捨てマスクを着けている人がいたら、「医療現場に行かねばならないマスクを盗んでいる人」と周囲から冷たい目で見られるようになる。そうやって間接的にプレッシャーを与えて需要をカットするのである。


「すべての人にマスクを」

民間レベルでは、すでに「手作りマスク」のムーブメントは起こっている。

草の根運動の #Masks4All (すべての人にマスクを)がそのひとつだ。最初はチェコ共和国で起こったもので、アメリカでは、サンフランシスコ大学の研究者ジェレミー・ホワードがリーダーになってムーブメントを広めている。ホワードは、3月28日に、ワシントン・ポスト紙に「Simple DIY masks could help flatten the curve. We should all wear them in public.(簡単な手作りマスクが(感染者数の)カーブを平たくする。私たち全員が公の場でマスクを着用するべきだ)」というコラムを寄稿して呼びかけている。

わが家でも、チェコ共和国の厚生大臣からのメッセージに共感した夫が、「僕もこの #Masks4Allのムーブメントを広めたい。グレイトフル・デッドのマスクを作って」と私にリクエストしてきた。

マスク着用に慣れている日本人とは異なり、アメリカ人にとって「手作りマスク」のハードルは高いようだ。ニューヨーク・タイムズ紙が簡単なマスクの作り方の記事を載せたが、普通のアメリカ人がこれでマスクを作ることができるとは思えない。きっと読むだけで諦めてしまうことだろう。そこで、私はアメリカ人家族や知人のために大量生産する予定でミシンを購入することにした。

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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コメント

YukariWatanabe 「マスクを売っていない」という意見がありますが、手持ちのハンカチでも縫わずにできる方法がYouTubeにはいっぱい。できれば使い捨ては使わずに自分で作ってみましょう。 #Masks4All 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

YukariWatanabe @tameemon_g @dantyutei 自分で作りましょう!ミシンがなくてもできる簡単な方法もありますよ。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

Seina 今、マスクとヘアターバンのコラボデザインを考えてるんだけどマジ楽しい https://t.co/JwRR19mdA0 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

band_ou38b *みんなでクールなマスクを作ろう!( ´∀`) 約2ヶ月前 replyretweetfavorite