第8話 すべてのものに仏性あり

現在、文学の世界では何が起こっているのか。そして世界の中で文学はいまどのような位置にあるのか。国境、人種、ジェンダーなどさまざまな枠組みが大きく変わりつつある21世紀にあって、文学はどのように変わろうとしているのか。「21世紀の世界文学」をさまざまなトピックから紹介。第8回は無類の日本好きでもあるタイ人作家プラープダー・ユンに見る東洋的な仏教感覚について。

アジアン・カフェの居心地の良さ

 職場の近くで、よく行くカフェがある。たまたま通りかかって入り、そのままなんとなく気に入ってしまった。とにかく居心地が良いのだ。というと、丁寧なもてなし、なんてものを想像するだろうが、そんなものはない。調理からフロアまで店長が一人で切り盛りしているから、お水のお代わりは自分で汲みにいかなければならない。

 それだけではない。ランチメニューは一種類だけで、だから店長と食の好みが合わない人は初めから入れない。それも野菜のカレー、フォー、カオマンガイと個性的で、インド・ベトナム・タイと国籍が移動していく。

 でも僕は店長の料理が好きで、ついでに言うなら雰囲気も好きで、結局長いこと通っている。でも特に話をするわけでもない。ふだん人と話をする仕事だから、休憩中も話すと疲れてしまう。だから黙っている。でも、店長とお客さんの話は耳に入ってくる。

 こないだは女性客と、タイの歌手について話していた。実際にタイの街で偶然コンサートで聞いて、気に入った人を調べてみると、かなり有名なバンドだった話、けっこうタイ音楽のCDを持っているという話。タイではとにかく美しい人が人気があるよね、という話。

 確かにメニューには、その料理と出会った場所や作ってくれた人に関する短いエッセイが必ず添えられている。ということは、店長自身もバックパッカーなんだろうか。そういえば急に定休日以外に閉店したりしているし。

日本とは違う時間が流れる

 通っているうちに、居心地がいい理由がわかってきた。この店の中だけ日本ではないのだ。店長のペースはいつもゆっくりしていて、彼の体から発する緩やかなエネルギーに惹かれたお客が集まっている。外国人も多いし、日本人もいるが、みんな旅が好きで、日本のいつも焦り気味のペースはちょっと苦手な感じだ。

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プラープダー・ユン
株式会社ゲンロン
2020-02-07

この連載について

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世界文学の21世紀

都甲幸治

現在、文学の世界では何が起こっているのか。そして世界の中で文学はいまどのような位置にあるのか。国境、人種、ジェンダーなどさまざまな枠組みが大きく変わりつつある21世紀にあって、文学はどのように変わろうとしているのか。翻訳家として、研究...もっと読む

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consaba 都甲幸治「最近、プラープダー・ユンが2015年に出したエッセイ集『新しい目の旅立ち』を読んだ。この中では、フィリピンの離島シキホール島への旅とユン自身の思想遍歴が交互に語られる。 」 7ヶ月前 replyretweetfavorite