「あ、お邪魔します。今日、16時からのプレイコースを頼んだ井沢です」
招かれた部屋はまさしく普通のマンション、手狭な八帖一間で1ヶ月8万から9万の間ってとこだろう。玄関の先にはこぎれいで小さめのキッチン、部屋のなかでもっとも広いスペースにはテレビに冷蔵庫、ローテーブルには薄いクッションが二つ置いてある。そして、その横には真新しい白いシーツに覆われたベッド。やや殺風景で物が少なすぎることを除けば、きれい好きの女の子の部屋に遊びに来たのと変わらないような光景だ。なんとなく無意識的に彼女のバッグや飲みかけのペットボトル、生きている痕跡がないか探してしまうが、どこかに隠してあるのか見当たらない。
わたしは彼女の視点に立って観察しようとする。このワンルームの主、慣れた手つきで新規のお客を案内する、百戦錬磨の風俗嬢。カラコンの奥の澄んだ瞳は、わたしの無遠慮に行き交う視線をすべて受け止めて、そしてそっとわたしの側に押し戻す。この人の瞳は、海だ。
客間に通されると、鼓動は早鐘のように胸を打ちはじめる。わたしはローテーブルの前のクッションに座って、彼女にわずかににじり寄る。彼女は、そんなわたしの様子をさも慣れているとでもいうように、平然と微笑んで見ている。
何かを言わなくていけない。もし言うなら、それはただ一つ。
「ずっと、あなたに会いたいと思ってました」
2017年4月、わたしは総武線大久保駅近くの、とあるマンションの一室にいた。JR新大久保駅から少し離れた総武線大久保駅付近まで来れば、第三次韓国ブームに沸く街の喧騒は届いてこない。薄暗くて少し寂れたような、日本のどこにでもあるような人家が続いている。ここに来たのはほかでもない、レズ風俗の業界でずっとトップを張ってきた人気キャスト、なの葉さんに会うためだった。わたしがレズ風俗嬢になるための、最初で最後の「お手本台」として、わたしは彼女を買い、そして抱かれにきたのだ。
*
さかのぼること1ヶ月前、わたしは自宅マンションでいくつもの風俗サイトと格闘していた。まずは在籍するお店を探さなくては。レズ風俗で働くというアイデアを思いついたときは最善だと思えたが、調べだしたら早くも暗雲が立ち込めた。前述のコミックエッセイのヒットも手伝ってかサイト検索する限りではたくさんのお店があるようだが、多くの店のHPを見て絶句してしまう。
「なにこれ……」
サイトURLをクリックすると、派手なロゴと共にバストとヒップを強調した下着姿のグラビアアイドルのような女性の写真。バックにはショッキングピンクのくびれたようなハートが散っている。
「お待たせいたしました! 桃尻御殿に新しい新人が入店ッ! ツンッと上を向いたヒップとFカップのふわふわダイナマイトバストが魅力のせいらチャンです! まだ学生さんであどけないのに、すでにエッチなことに興味津々のご様子。今なら自分の好きな形に調教できちゃいますよ(*'▽'*)できるプレイにも幅があって、あなたの好みに染め上げちゃってください!」
ド派手なページデザインとお店側のノリノリのコメントの割に、本人からは「慣れていませんが、頑張りたいと思います」という淡白なメッセージ。身長、体重、スリーサイズ、趣味、性感帯、好みのタイプと、最後に可能なプレイの選択肢が続く。ここに自分が載せられるのかと思うと、途端にめまいがしてしまう。
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