前回、ロックダウンが実施されているアメリカのマサチューセッツの様子をお話したが、今回はわが子を新米の救急医として第一線に送り出す母としての「お願い」を語りたい。
卒業が早まった医学生たち
昨年の連載「まさかの自宅ウエディング」に登場した私の娘は、今年5月17日にメディカルスクールを卒業し6月から研修医として病院勤務をすることになっていた。卒業式の約1カ月前にある「マッチ・ディ(Match Day)」の式には、私たち夫婦も親として参列し、結婚式直後に休みが取れなかった娘と新郎は、その夜からハネムーンに行くスケジュールを立てていた。
アメリカのメディカルスクールでは、入学式よりも「白衣授与式(White Coat Ceremony)」、卒業式よりも「マッチ・ディ」のほうが重要なセレモニーだ。白衣授与式は日本にもあるが、マッチ・ディはアメリカ独自のシステムだ。最終学年の医学生は、自分が研修したい病院に書類を送り、それをパスしたら面接に行く。そのあたりは日本の就活によく似ている。医学生はそのプロセスを終えてから希望する病院に順位をつけて提出し、病院のほうも希望する学生を選ぶ。マッチはひとつだけであり、全米のメディカルスクールで一斉にその発表があるのが「マッチ・ディ」なのだ。
アメリカのメディカルスクールでは、入学のときに「白衣授与式(White Coat Ceremony)」、卒業前に「マッチ・ディ(Match Day)」があり、学生と家族を招いたセレモニーがある。
だが、COVID-19のために娘のメディカルスクールでのマッチ・ディの式は中止になり、前回書いたように、娘たちのハネムーンも中止になった。
彼らのスケジュールはさらに変わった。
患者が爆発的に増えている新型コロナウィルスに対応するため、マサチューセッツ州はメディカルスクール最終学年の医学生を早めに卒業させることを要請した。州に4つあるメディカルスクールのすべてが迅速にそれに応え、卒業は1カ月早まった。そして、マサチューセッツ内の病院で研修する予定の者は6月まで待たずに即座に働きはじめる。この対策を行ったのは、州としては全米でマサチューセッツが初めてだ。
この時期にハネムーンや結婚式を計画していた者たちは、その代わりに医療の第一線で働くことになるのだが、今年の新年にそれを予想していた者は誰もいなかっただろう。
私の娘は、希望していた母校の病院ボストン・メディカル・センターにめでたくマッチし、もうじき救急医として働き始める。
この病院の救急室は、マサチューセッツだけでなく、ニューイングランド地方で最大規模であり、医療保険がない低所得者やホームレスの人々を多く受け入れる場としても知られている。地域に貢献する医療施設だからこそ娘はここを選んだのだが、COVID-19の感染者が急増しているボストンでは最も多くの感染者が殺到することが予想される場所でもある。
Zoomで娘と話したところ、メディカルスクールの決断について「役に立ちたいから早くスタートできるのは嬉しい」と言っているが、親としては複雑な心境だ。それは、ニュースで流れてくる医療の現場は、いずこも過酷な状況だからだ。
娘は、その中にいきなり飛び込んでいくのだ。
医療従事者が足りない
アメリカでは、専門家が1月の早期からトランプ大統領にCOVID-19 がパンデミックになる可能性を警告していた。それにもかかわらず、長期にわたって大統領は「インフルエンザのようなもの」「そのうち奇跡のように消えると思うよ」と何の対策も取らなかった。いくつかの州知事は、アメリカ政府の指示を待たずにロックダウンを命じてCOVID-19の蔓延を抑えようとしている。けれども、最近までのトランプ大統領とFOXニュースのプロパガンダを信じてしまった人たちは、今でも大勢が集まるパーティをして感染者を増やしている。
そんなアメリカでは、下のグラフのように急速に感染者と死者が増加し、数の上ではまたたく間に世界で1位になってしまった。
アメリカでの感染者(左)と死亡者(右)の移り変わり。Worldometersより抜粋
世界経済フォーラムの記事にあるイギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究結果では、何の対策も取らなかった場合には、死者が増えるピークは約3カ月続き、イギリスとアメリカで81%の国民が感染し、アメリカでは220万人が死亡するという。
ここではイギリスとアメリカについてだけ触れているが、日本でも何の対策も取らなかったら同じほどの国民が感染すると考えて良いだろう。
感染者数が爆発的に増えることの最大の問題は、医療施設や医療従事者がそれに対応できなくなることだ。
イタリアではすでに医療崩壊の様相になっており、過酷な状況で働く医師や看護師たちにも感染が広まっているという。3月30日時点で約1万1千500人が亡くなっているイタリアの現状をニューヨーク・タイムズが記事にしているが、英語が読めなくても写真だけでその悲惨さが伝わる。医療現場は、「まるで戦場」だという。
アメリカでも、それを「よそごと」として悠長に眺められる余裕はもうない。
ニューヨークでは3月27日から30日までの3日間で死者が340人も増えて790人になった(この記事が掲載される頃にはもっと増えているだろう)。パンデミックになる前から医療従事者用のマスクが足りなくなっており、安全のために使い捨てにしなければならないマスクを再使用したりしている所もあるという。そんななか、3月24日に著名なマウントサイナイ病院の48歳の男性看護師がCOVID-19に感染して亡くなった。
医療従事者が足りなくなるなか、アンドリュー・クオモ州知事の呼びかけに応え、すでに引退していた医療専門家5万2千人が復帰することを申し出たとのことだ。
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