知人のいやらしい場面を見てしまったとき

小説家の森美樹さんが自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する日々を綴るこの連載。今回は知人のいやらしい場面をみてしまったときのことについてです。森さんは小学生のとき、近所のおじさんが自慰をするのを目撃してしまったのだそうです。

幼い頃、私は知人の自慰を見てしまったことがある。

自慰=マスターベーション、オナニー。当時私は小学校低学年で、それが“自慰”で“人に見られてはいけないもの”だとは認識していなかった。

普段はめったに会わないおじさんが…

時は夏、学校帰りに私は知人宅に寄った。近所だったその家とは親ぐるみで懇意にしていたし、よく覚えていないのだが、おそらく回覧板の受け渡しとか、そんな些細な用だったと思う。玄関の呼び鈴を押してもうんともすんとも言わないので、引戸になっているガラス窓をのぞいてみた。

すると、その家に出入りしているおじさんがいた。居間にひとりでうつぶせになっていて、ひたすら腰を動かしている。その場で匍匐前進をしているような、そんな動きだ。おじさんの視線は一直線、テレビにあって、私の立ち位置はテレビの背になっていた。おじさんの表情は鬼気迫っており、私の足はその迫力に凍りついた。今思えば、テレビでAVを観ていたのだなとわかるのだが、小学生の私にはただただ不気味なだけだった。ものの数分だったと思うが、異様に長い時間に感じられた。

おじさんの手は股間を行ったり来たりしていて、呼吸はだんだん荒くなっている。普段はめったに会わないおじさんだが、会えばにこにこ笑って挨拶をしてくれた。その柔和な面影は微塵もない。「あ、これは見てはいけないものだ」と悟っても、もう遅い。もう、私は見たくて見てしまっている。たぶん、子供心に私のエロが目覚めた瞬間でもあるのだ。

やがて、おじさんが私に気づいた。私は本能的に逃げようとしたが、足が固まってしまって動けない。ややあっておじさんが立ち上がり、ズボンのチャックをしめ、玄関の引き戸をあけた。

「美樹ちゃん、どうしたの」

何事もなかったように、おじさんは私に声をかけた。いつもの柔和なおじさんだった。私は用を済ませて、走って帰った。

20数年後、おじさんとふたりきりになって  

その後、おじさんには会っていない。あの時、おじさんがズボンをはいていて本当によかったと思うし、普通な態度でいてくれて感謝している。それとも、おじさんは私が何を見たか、わからなかったのだろうか。何を見た、というか、その行為の意味をわからないと高を括っていたのだろうか。事実、私もその時はそれが自慰とは気づかず(なんとなく、いやらしいことなのだ、と感じただけである)、後々、あれは自慰だったのだと確信したまでなのだが。

そんな小さな事件から20数年後の夏、おじさんが癌になった。実家の母から電話をもらい、「お見舞いに行こう」と誘われた時、あの光景がよみがえってきた。もう私はいい大人で、どんなに取り澄ました男も、気取った女も、自慰もすれば変態趣味もあるという現実を知っていた。だから、おじさんの自慰など別段特殊ではない。でも見られた側はどうだろうか。心の傷というか辱めというか、あまり芳しくない出来事として、黒いシミになっているのだとしたら。電話越しで母に、「もう、末期らしいのよ」とため息まじりに言われて、私はやっと見舞いに応じた。

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アラフィフ作家の迷走性活

森美樹

小説家の森美樹さんは、取材や趣味の場で、性のプロフェッショナルや性への探究心が強い方からさまざまな話を聞くのだそう。森さん自身も20代の頃から性的な縁に事欠かない人生でした。47歳の今、自分自身の経験を交えながら、性を追及し、迷走する...もっと読む

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