わたしがレズ風俗ではたらく理由#1

世界初の対話型レズ風俗「Relieve」のオーナー兼キャストとして活躍する橘みつさん。彼女はなぜ、レズ風俗で働くのでしょうか。お客さんの「人生のきっかけ」をともに探したいと願い、これまで200人以上に向き合ってきた彼女が、どんな人生をおくり、今、どんな思いで生きているのかを語ります。



本作に登場するお客様や従業員の名前、および関連する情報や、いくつかの店名などは、プライバシー保護の観点から、編集・大幅な脚色を加えています。

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プロローグ

「ゆうこさんですか?」

優子、悠子、ユウコでもなくて、ゆうこ。わたしは頭の中にひらがなの〝ゆうこ〟の文字を思い浮かべていた。3日前の夜19時頃に彼女が予約したときのハンドルネーム。スマホのブルーライトに浮かび上がるそのデジタル表記を思い出しながら、〝ゆうこ〟というひらがなそのままで、その人に呼びかけた。あなたを見つけたよと伝えるために。

はじめまして、今日はよろしくお願いしますと、わたしが呼び掛けたその人は、さっと頭をあげると僅かに体を固くさせた。ようやく会えたという安堵とわたしへの歓迎のために、笑顔を作ろうとするが、すぐに戸惑いがその顔を覆う。薄ピンクの折り畳み傘を持つ手にも、力が入っている。約束場所の新宿アルタ前、雨が降っているのだから建物の内側に入って待っていてくれればいいのに、ゆうこさんはわざわざ雨の吹き込んでくる入口ギリギリのところにいた。スカートの下の寒そうな素足にはすでに小雨がかかっている。そんな待ち方に、彼女の微妙な心情を感じ取った。待っているけれど、会うのは怖い。

相手の緊張と不安をほぐし、心のうちに近づくこと。それがわたしの仕事だ。わたしはより一層くっきりと、ゆうこさんに微笑みかけた。「じゃあ行きましょうか」


東京都新宿区歌舞伎町、6月27日木曜日16時。季節はもう夏だというのに、鈍色の空からは針のような冷たい雨が一日中降りしきっていた。斜めに降る雨のせいで、さっき新宿伊勢丹のお手洗いで穿き替えたばかりのストッキングがすっかり濡れてしまった。平日の夕方であることも相まってか、新宿といえど人はまばら。ゆうこさんと並んで歩きながら、でもほんの少しだけリードするように、半歩先をいく。わたしは自分の体で、この騒がしくて雑然として、でもどこか秘密があって行き場のない新宿の街を切り開いていく。空気の流れで、ゆうこさんがあとから通れる安全な道を作るように、そっと。

この仕事の奇妙なところは、会ってすぐはお客さんの中に抵抗と戸惑いがあることだ。男性のように、もっと手放しでこの瞬間を楽しもうとしていいのに。わたしはすでにほんの少し後悔を滲ませているらしい彼女の不安を払拭するように、口火を切った。なるべく自然に。新宿はよく来るの? 今日はお休み? 足元に気をつけてね、寒い日が続いて嫌になっちゃうね。話しながら頭の中で時間配分をし始める。今日の仕事はホテルコースの180分。最後の15分は着替えと帰り支度のため差し引かれるので、勝負の正味は165分だ。

彼女がわたしの問いかけにうなずくたびに、丁寧にヘアアイロンを通された黒髪のストレートヘアがピンピンと肩先で跳ねる。ゆうこさんより髪の方が元気だな、と変なことを考えてしまう。小さな肩を覆うカーディガンは白い薄手のレース編みで、インナーの花柄カットソーが透けて見える。スカートはオレンジ色でハリ感のある素材、夕方だというのに後ろ側に皺も寄っていない。おそらく少し前に着替えたのだろう。レインブーツも同系色で後ろにリボンまでついている。おしゃれだね、とわたしが言うとうつむきながら今日はちょっと頑張ってきたのだと答えてくれた。ほぼ反射的に彼女は聞く。

「あの、変ですかね?」

「ううん、すごく似合ってる。その靴もかわいいよね」

話し始めると、隣を歩く彼女の硬く白く突っ張っていた痩せぎすの頬が徐々に緩み始める。横目でチラチラとこちらを見つつ、往来を行く人を目で追っている。彼女はおずおずと話してくれた。ここから私鉄で40分の場所に両親とお姉さんと4人で住んでいること、いまは図書館司書の仕事をしていること。

わたしたちは他愛もない話をする。はた目には女友達同士で並んで歩いているように見えるだろう。でも実際には、ラブホテルに向かう客と風俗嬢だ。横断歩道を渡り、歌舞伎町二丁目に向かう。大通りから一本入るたびに、道ゆく人が減っていく。ふだんは通りにたむろして人ごみの中で待ち構えている客引きも、今日は姿が見当たらない。おかげでずいぶんと歩きやすい。道路の脇を歩くカップルたちの傘は、次々と道中のホテルのなかに消えていく。

予約時に指定された、新宿区役所通りに面したホテル。もうじきその看板が見えようかというときに、彼女の顔に今度は不思議な切迫感が漂い始める。甘くて震えるような吐息と鼓動。雨ににじんだ歓楽街のネオンの色とりどりの光が、彼女の陶器のような小さな顔のうえを横切っていく。警告、決断、ここがその境目。引き返すか、進むか。

ゆうこさんの黒目がきらきらと揺れる。「なんか、思ったより普通にみつさんと話せてよかった。普通の友達みたい。だって……」後の言葉が続かない。黙ってしまう。私は心のうちで彼女の言葉を引き取った。これから私たちするんですよね、セックスを。

わたし、橘みつこと井沢英里華は女性を相手にする風俗嬢だ。女性に女性のキャストが性的なサービスまたは擬似的恋愛体験を提供する。この事業形態は俗にレズビアン風俗と呼ばれている。でもわたしの仕事は、お客さんの性的欲求を満たすことだけではない。ここに来る女性たちはそれぞれ物語のかけらを持っている。それは世間一般では問題とか普通じゃないと呼ばれるようなものかもしれない。でもわたしからすると、それはまだ誰にも読まれたことのない本のようなものだ。そして、誰かに開かれるのを静かに待っている。その物語を一緒に読み解いていくのが、わたしの仕事だ。体の奥の、その人自身ですら知らない心を、対話によって開いていく。

わたしは彼女の小さな背中にそっと触れながら、「今日は会えてすごく嬉しい」と笑顔で言った。そして半分は独り言のように続ける。「どうして、レズ風俗を使ってみようと思ったのかな?」。わたしはその言葉の裏で彼女に突きつける。あなたは、本当に、セックスがしたくてわたしを呼んだのかな。

彼女はピンクに染められた乾いた唇をぎゅっとまっすぐに結んだあと、決心したようにいった。「あの、橘さんはどうしてこういう仕事、しているんですか」緊張しつつ好奇心をのぞかせながら、真剣。レズ風俗を利用する客の中には、この仕事について質問してくる人もいる。自分以外にどんな客が利用しているのか知りたいという人も多い。風俗を利用する自分が〝異常〟かどうか確かめたいという気持ちもあるのだろう。または、純粋に聞きたいのだ。わたしを抱こうとする、あなたはいったい、誰なのかと。

聞きたいというなら、お話ししよう。わたしの物語を、そして、今のわたしを作ってくれた勇気ある人たちのことを。本当は彼女たちのことは、誰かに話すべきではないのかもしれない。だってきっとわたしが話せば嘘になってしまう、彼女たちのすべてを言葉にすることなんてできない。今から話すことには多少の嘘も誇張も歪曲も取り違えだってあるだろう。でも、ここにかつてあった痛みとそれに向き合った一人の人間がいたことは紛れもない事実で、きっとその事実でこそ救える人がいる。わたしはそう信じている。だからこそ、あなたに伝えたい。人に傷つき、人を信じられない、それでも誰かと触れあいたい。それってきっとわたしのことでもあって、あなたのことでもあると思うから。


本文構成:遠山怜

〈次回「わたしの夜は、駅のトイレから始まる」は3/31更新予定。お楽しみに!〉

この連載について

レズ風俗で働くわたしが、他人の人生に本気でぶつかってきた話

橘みつ

世界初の対話型レズ風俗「Relieve」のオーナー兼キャストとして活躍する著者は、なぜ、レズ風俗で働くのでしょうか? お客さんの「人生のきっかけ」を共に探したいと願い、これまで200人以上に向き合ってきた彼女が、どんな人生をおくり、い...もっと読む

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コメント

uratoype いや、なんていうか、文章の書き方本当に好きだなこれ。文から滲む落ち着いた空気感、周囲の情景の描写、とんでもねぇな……。 https://t.co/jqweREm60G 2ヶ月前 replyretweetfavorite

sweet_soybean 読ませる文章。 3ヶ月前 replyretweetfavorite

kid_y0824 タイトルに惹かれて読んだけど、文章力素晴らしい。 3ヶ月前 replyretweetfavorite

wastedlovehrr https://t.co/mAj26PcAcR 大好きなお友達の大好きな文章です 5月の出版が待ちきれません 3ヶ月前 replyretweetfavorite