プライドの高い人はあえて無視してみる
自信を持たせ、人を大きく成長させるためのプロセスとして、私は「無視」「称賛」「非難」の三段階があると考えている。これは野球選手の育成に限らず、すべての分野で人を育てる際の原理原則ではないだろうか。
誰だって自分のことが一番かわいい。周囲の人に、何とかして自分の存在を知ってほしい、認めてもらいたいという気持ちを持っている。その強い気持ちを引き出すために、指導の初期においては教える側の人間が、あえて距離を取って、無視するというスタンスが有効となる。
周知のとおり、私はテスト生からプロ野球の世界へと入っている。高校時代、新聞配達で配る新聞を見ていたら、片隅に南海で新人選手を募集しているとの広告が出ていた。どうやらテストに受かると選手として契約してくれるらしい。自分はプロで通用するだろうか。その記事を持って野球部の先生に相談したところ、「おまえなら、ひょっとしてひょっとするかもしれない。行ってこい」と温かく背中を押してくれた。
当日、大阪球場に出向くと全国から300人くらいのテスト生が詰めかけていた。そこで不思議だったのは鶴岡一人監督の姿が見えないことである。
入団した後でわかったのだが、テスト生から一軍に上がった選手はこれまで一人もいないという。テスト生というのは、あくまでバッティングキャッチャーやバッティングピッチャー要員であり、夢も希望もない仕事だから、わざわざ地方出身者を集めて募集しているというのだ。要するに、私は無視以前の、まるで存在を認められないところからのスタートだったのだ。
二軍にいた頃は、鶴岡監督がたまに練習を見に来ることがあった。鶴岡さんがグラウンドに一歩足を踏み入れると、一瞬で場の空気が緊張するのがわかる。バッティング練習をしていても、「監督が見ているか」を常に気にしながら、その反応をうかがっていたのを思い出す。一軍に上がるまで鶴岡監督からは無視され続けた私だったが、「今に見ていろ、絶対に認めさせてやる」という強い思いでバットを振っていた。マザー・テレサは「愛」の反対語に「無関心」を挙げたといわれるが、プロ野球選手のようにプライドの高い人間にとっては、無視されることでやる気を奮い立たせる場合が大いにある。
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