【休載の予告】
結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。
著者の都合により、2020年4月3日(金)の更新をお休みいたします。
申し訳ありません。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好きな高校生。
双倉図書館にて
僕はユーリやテトラちゃんといっしょに、双倉図書館で開催されている《音楽と数学》というイベントに来ている。
いまはオイラー格子のクイズを解いたところ(第288回参照)。
僕「……そうか、ということは同じルールで格子は広がっていくぞ!」
テトラ「こちらが解答パネルになります」
クイズの答え(オイラー格子)
オイラー格子は、水平方向には周波数を$3^m$倍し、垂直方向に$5^n$倍した音を表したものです。
周波数の$2$の冪乗倍の違いは無視します。
僕「おもしろい、おもしろい。素因数を使った座標平面みたいだ」
ユーリ「座標平面?」
僕「だってそうだよ。このオイラー格子に出てくる音はみな、基準になる$C$に対して、$3^m5^n$倍になっている音」
ユーリ「$2$の冪乗倍は無視して……だよね?」
僕「そうそう。それで、たとえば$C$は$1$倍だから、$1 = 3^05^0$だけど、これは$(m,n) = (0,0)$と見なせる」
ユーリ「ああ……それで座標?」
僕「うん、たとえば、$G$は$(m,n) = (1,0)$だし、$A$は$(m,n) = (-1,1)$になる」
ユーリの疑問
ユーリ「むむむ……ちょっと待った。このオイラー格子には同じ名前の音が出てくるよ。$A$は$(-1,1)$にもあるけど、$(3,0)$にもある!」
テトラ「本当ですね……オイラー格子の中には二箇所に同じ名前の音が出てきます。$C$を$3^m5^n$倍したことを$(m,n)$で表すなら、$A$は二つあります」
- $(-1,1)$のところにある$A$
- $(3,0)$のところにある$A$
ユーリ「テトラさんはもう答えを見たんじゃないの?」
テトラ「いえ、ユーリちゃんが気付いたこのことは、クイズパネルにはなっていませんでした。 ですから、解答パネルもありません。 あたしも、同じ音名が出てくることには気付きませんでした……」
ユーリ「そんじゃ、答え、ないじゃん!」
僕「いやいや、これは《答えを教えてもらう問題》じゃないよ。僕たちは十分な手がかりを持っていると思う。 だからこれは《答えを考えていく問題》なんだ。考えよう」
ユーリの疑問
オイラー格子には、二箇所に$A$が出てくる。
これはどう考えたらいいのだろうか。
僕と、テトラちゃんと、ユーリはしばらく無言で考える。
僕「たぶん、わかったと思う」
テトラ「おそらく……こういうことでしょうか」
ユーリ「えー、まだわかんない。だって違うのに同じって変じゃん」
僕「こういうことだと思うんだけど、話してもいい?」
ユーリ「……いーよ」
僕「オイラー格子がどういうものかを考えて見当をつけたんだ。$(-1,1)$にある$A$のことを$A(-1,1)$と書くことにする。 $A(-1,1)$の周波数は、$C$の周波数に対して、$2^j3^{-1}5^1$倍になる。$2$の冪乗倍を無視するというのが表現しにくいから$2^j$と仮に書いておくよ。 だから、たとえば、 $$ A(-1, 1) = C(0,0) \times 2^j \times 5/3 $$ のように書ける」
ユーリ「んー、その$5/3$はテトラさんが作ってくれた純正律の楽譜の$5/3$と同じことだよね?(第288回参照)」
純正律によるハ長調($C$ major)の音階($C$を$1$としたときの周波数比)
僕「そうだね。$j = 0$の場合はそうだよ。$j = 1,2,3,\ldots$と増やしていけば$1,2,3,\ldots$オクターブ上の$A(-1,1)$になり、$j = -1,-2,-3,\ldots$と減らしていけば$1,2,3,\ldots$オクターブ下の$A(-1,1)$になる」
テトラ「あっ、ということはオイラー格子は地層のように積み重なっているんですねっ!」
ユーリ「おー!」
僕「おお……すごいな!」
テトラ「あ、す、すみません。お話の続きを……」
僕「ええと、だから$A(-1,1)$はたとえば$C$の$5/3$倍かもしれない。同じように考えると、$A(3,0)$はどうだろうか」
ユーリ「そりゃ$3^3$だから$27$倍でしょ? それの$2^j$倍」
僕「そうだね。でも混乱しないように別の文字$k$を使って$2^k$倍としようか。だから、たとえば、$$ A(3, 0) = C(0,0) \times 2^k \times 27 $$ のように書ける」
ユーリ「……」
僕「だから、僕たちの注目すべきところは、$A(-1,1)$に出てきた$2^j \times 5/3$と、$A(3, 0)$に出てきた$2^k \times 27$はどんな意味で同じか?なんだと思うよ」
ユーリ「全然違うじゃん」
僕「$2^j \times 5/3$で、$j = 0$として、分数表記じゃなくて小数表記にしてみよう。そうすると、$$ \begin{align*} 2^0 \times 5/3 &= 1.666\cdots \end{align*} $$ になるよね。$C$の周波数を$1.666\cdots$倍すると$A(-1,1)$になる」
ユーリ「あっ、そっか! わかった! $k$を動かして$2^k \times 27$を計算すると$1.666\cdots$に近くなる?」
テトラ「きっとそうですよ!」
僕「やってみよう!」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
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