山菜採りも人間関係も旨味は細部にあり

病院勤務の精神科医でミュージシャンの星野概念さんが、病院で、旅先で、ライブ会場で、タクシーの中で……遭遇したアレコレについて考えるエッセイ連載第3回。秋田の名人たちと過ごすうち、人間関係の旨味にたどり着く?(毎月25日更新)

ここ数年、秋田に行くことが多く、行くたびに秋田に対する愛着が深まっています。初めて秋田に行ったのは2017年6月。知り合って数ヶ月の日本酒の達人たちに導かれて、いくつかの酒蔵を訪れました。達人たちというのは、僕が現在常連のように通っている、旬の食材と和酒がとても旨い居酒屋の店主、その店主と和のものを広めるユニット活動をするライターさん、そして日本酒の伝道師としての活動著しいアーティストの3人でした。

僕は今でこそ、ことあるごとに酒や発酵のことを話題にしていますが、この時はまだ知識も経験も少なく、完全なる初心者でした。でもそれが功を奏したのか、たまたま出会えた達人たちと酒席をともにするたびに酒や発酵のことを聞きまくる、なぜなぜおじさんと化し、その好奇心の圧によって達人たちの酒蔵めぐりにお供させて頂く運びになったのです。

僕にとって初めての酒蔵体験でした。酒造りの知識だけが増え、それが頭の中で渦巻いているような状態だったので、初めて現場を見学した時の興奮は尋常ではありません。ただ、その場ではしゃいで迷惑をかけてしまったら最悪なので、蔵にいる間は興奮を最大限に抑えて表面的には静かにしていました。

そして夜がやってきます。なんだか急に人狼ゲームのようなことを言いましたが、それもあながち間違いではありません。僕は夕食の席にいた醸造家を、ここぞとばかりにロックオン。それまで独学では理解しきれなかった菌の働きのことや、初めて酒造りを見学して生じた新たな疑問で質問攻めにしてしまいました。飲みたい酒を飲んでは、聞きたいことを聞く。これを延々と続けていたその時の僕は、いつまでも満腹にならない飢えた狼のようだったことでしょう。最後の方の記憶はなく、気がついたらホテルのベッドで朝を迎えていました。

時たま飲みすぎてしまうと記憶が曖昧になることがあります。そのような時は大抵、途中で寝落ちしているので、その日も寝てしまったと思っていました。ただ、普段飲みすぎた時よりも酒が残っている感じがします。まだ頭はグラグラ、体もだるいまま朝の集合時間になりました。「昨日は途中で寝ちゃってすみませんでした」と達人たちに謝ると、「いやいや、ずっと元気に質問してましたよ」と言われました。え、寝てなかったのか。どうりでいつもよりきついわけです。あまりにも顔色が悪い僕をみて、達人たちは「しばらく分の酒を一気に飲んだみたいですね」と笑っていました。僕も同感で、しばらく酒は口にしたくないとすら考えました。

移動の車に乗ってほどなくしてファミリーマートで買い物休憩。まだ体はだるいまま、水や少しのフルーツなどを買いにレジへ行きます。Tポイントカードを出すと店員さんが「商品が当たったので持ってきますね」と言ってレジを離れました。Tポイントを貯めていると時々商品が当たることがあるのでしょう。ボーッとして店員さんを待っていると、その店員さんが「発泡酒が当たりましたので入れておきますね」と言って、とても爽やかに金麦の缶を袋に入れています。ちょっと待ってくれお兄さん! お、俺は、飲めない体になってしまったんだ……。そんなことを言う気力も勇気ももちろんなく、金麦を持ってトボトボと車に戻ると、「朝からですか。やりますね〜」と達人たち。いや、やるわけない。断固やりません。その時の金麦はその後、賞味期限ギリギリまで飲まずにとっておき、日々飲みすぎないための戒めとしていました。

こういう失敗エピソードがあると、その時は後悔や反省の念で落ち込みますが、思い出話としては残ります。これがきっかけで、達人たちの中で、秋田の話をする時あいつは欠かせない、ということになり、僕はまた秋田に行くことになりました。

***

2回目の秋田は2019年6月。この時は、3達人のうちの1人、居酒屋の店主と旅路をともにしました。前回以降、その店主と妙に意気投合して、3歳年上の彼を僕は兄貴分として慕うようになりました。その店主は、お客に出す食材がどのように存在しているのか自分の目で確かめたり、食材を育てて収穫している人たちと会い、時には収穫を体験してみることを信条にしています。職種は全然違いますが、僕も患者さんに処方する薬のサンプルをもらったら飲んでみるし、そういった地道なことを省略すべきではないと思っています。そういうところはなんとなく自分と重なるような気もします。

2回目の秋田訪問の目的は、秋田と青森をまたぐ白神山地に行って山菜採り名人の仕事に同行することでした。いつも秋田を案内してくれる人−−この人が店主に秋田の食材を卸している−−の車で、ある程度の高度まで登って行くと名人たちが待っていました。名人たちといっても、見た目は普通のおばちゃんやおっちゃんです。会うなり「まぁ、南こうせつかと思った」と言われて面食らいましたが、確かに髪型とメガネは少なくとも近いし、もしかしたら声色とか雰囲気とかも重なるものがあるのかもしれません。「本当に南こうせつさんだったら人がわんさか集まっちゃいますよ」「そりゃそうだ、ははは」などと、いい感じで談笑しながら、名人の軽自動車に乗り込みます。そこから先の険しい山道は細いので、軽自動車でないと入れないのだそうです。山道を行く軽自動車は驚くほどスピードが早く、道がでこぼこなので時々少し車体が飛んだりもします。ダカールラリーってこういう感じなのかもしれない、と思いながら冷や冷やしているうちに目的地に着きました。

車を降りるなり、さらに細い山道をずんずん進んで行く名人。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

星野概念さんといとうせいこうさんの共著が近く発売予定です!

自由というサプリ 続・ラブという薬

いとう せいこう,星野 概念,トミヤマ ユキコ
リトル・モア
2020-04-01

この連載について

初回を読む
星野概念のゆっくりタイム

星野概念

病院勤務の精神科医でミュージシャンの星野概念さんが、病院で、旅先で、ライブ会場で、タクシーの中で……遭遇したアレコレについて、ゆっくり考えるエッセイ連載。(月1更新)

関連記事

関連キーワード

コメント

em2piricahypo すごく良い。山菜とりたい。 8日前 replyretweetfavorite

sayusha 【連載】星野概念さんのエッセイ「ゆっくりタイム」第3回が公開されました。秋田の名人と酒を飲みへべれけになったり、白神山地で山菜を採ったり。🍶 https://t.co/xaSZB9KT9i 8日前 replyretweetfavorite