行動の欲」と「状態の欲」から自分のしあわせを考える

やりたいことがなくても、無理も背伸びもせず、笑って暮らすためにサクちゃんが考え続けてきたことを、新刊『世界は夢組と叶え組でできている』よりお届けします。サクちゃんによると、「行動の欲」と「状態の欲」から考えれば「自分のやりたいこと」が見えてくるのだとか。


やりたいことがある人とない人は何がちがうの?

やりたいことがある人とない人を「夢組」と「叶え組」として、やりたいことがないのは悪いことではなくて、役割がちがうだけだからチームで組み合わせるととてもいいよ、と書いた。

わたし自身が「叶え組」で、やりたいことがなくても得意なことやできることがたくさんある。だからやりたいことがなくても大丈夫。今でもそう思ってはいるのだけど、どうしてこうなったんだろう、「夢組」と「叶え組」のちがいはどこにあるんだろうと考え続けていた。

いちばん身近にいる「夢組」は、娘のあーちんだ。

あーちんは17歳の高校2年生。好きなことややりたいことがはっきりと見えていて、夢中になる力をもっている。彼女が「夢組」になった過程を17年間近くで見てきたので、すこし振り返ってみる。

わたしが23歳で子供を産んだとき、周りに子育てをしている友達がいなかったし、インターネットにも今のように情報が溢れていなかったので、「子供にとっていいこと」が何なのかよくわからなかった。子育て雑誌に「こうしましょう」と書いてあっても「ほんとうにそうなのかな?」といまいちピンとこなかった。

「子供にはこうしましょう」とひとくくりに言うけど、子供でもしてほしいことは人それぞれだろうと思ったので、乱暴な方法ではあるけど、直接娘本人に「どうしたいか教えて」と聞いていた。

泣いている子供に「泣いてもいいから、気がすむまで泣き終わったら何がイヤでどうしたいか教えて」と言ったりしていた。言ってくれればわたしが全力で解決するから、と。我ながらやり方が雑だけど。

その方法をとったのは、単純に「この人(あーちん)がどんな人なのか知りたい」という気持ちが大きかったからだ。それから、親子とはいえただの人間関係だと思っているので、親だからとか年齢が上だからとかを理由に相手を動かそうとしないで、できるだけ対等でいたかった。

そんなわけで「どうしたいか言ってね」ということに関してだけ幼少期からスパルタ教育をしてきたので、彼女は小さい頃からわたしになんでも伝えてくれた。

あーちんが3歳の頃、わたしが働いていた会社の社員旅行に連れて行ったとき、旅行中にわたしのところに来るのは寝るときだけで、それ以外は、別のおとなたちにくっついて仲良くしていた。

寝る前にその話をしたら、彼女は「近くにいなくていいから、ちょっと遠くで見ててほしいんだよねー」と言っていた。ほんとうにそうなんだろうなと思ったので、望み通りあまり近くで見ずに、でも「見てるよ」ということだけは伝えるようにした。

「見てるよ」を伝えるのは「ここがすごいね」「これが好きなんだね」と褒めることと同意だった。わたしは彼女をよく褒めてきたと思う。「褒めること」と「理解」はセットで、知りたいという気持ちがあるからできたことだったなと今になるとわかる。

そうやって「子供がどうしたいのか言う」のと「親が関心をもって見る」をくり返していたら、結果的に「欲を言語化する」習慣になっていた。「こうしたい」という欲にフタをしないですんだので、あーちんは今も自分は何が好きなのかよく知っているのだと思う。

わたしの子供の頃を思い出すと、「こうしたい」と自分の希望を言ってもいい環境ではなかった。自分のしたいようにすると「自分勝手なことをしてはいけないよ」ととがめられた。好きなものもあったように思うけど、「好き」なだけでは褒められなかった。自分よりできる人がいたら、そちらが褒められるのは当たり前だと思っていた。

大きくイヤな経験がなくても、そういう小さなことの積み重ねが自分の欲にフタをしてしまったんだろう。「こうしたい」「これが好きだ」にフタをして出さないでいると、自分は何が好きなのかわからなくなったり、何がしたいのかも誰かの反応からしか決められなくなったりする。

「やりたいことがない」「何が好きかわからない」の背景には、そういう「欲にフタをしてしまった経験」があるのだろうなとわかってきた。

「やりたいことがない」原因がわかったからといって、子供の頃に戻ってやり直すことはできない。でも、わたしはおとなになってもどうにでもなると思っている。やりたいことがないままでも、いくらでもやることを見つけられると。

「叶え組」として「夢組」の人と組んで、誰かの「やりたいけどひとりではできないこと」をチームで共有してやることもできる。

自分から湧き出る欲ではなくても、そこに問題や課題があってはじめて「困っている人をたすけたい」という動機でやるべきことが生まれることもある。

「やりたいこと」がなくても、やることは自分で決めないといけない。では、どうやって考え、どうやって決めればいいのだろうか。


やりたいことの要素の話

そもそも「やりたいこと」ってなんだろう?と考えてみた。

「やりたいこと」とひとことで言ってもその中にはいろんな種類があって、人によってちがうものを指している。分解してみると、大きくふたつの「欲」が見える。 「やりたいこと」には「行動の欲」と「状態の欲」、ふたつの入り口があるのではないか。

わたしが「やりたいことがない」と言うとき、その「やりたいこと」とは、職業や仕事の内容ではなく、時間を忘れて夢中になりたい、これならいくらでもしたいというような内側からどうしようもなく湧いて溢れてくる「行動の欲」のことだった。

わたしには「行動の欲」である「やりたいこと」はないけど、「時間とお金をつくりたい」と「こうありたい」という「状態の欲」ははっきり見えていた。

だから、「時間とお金がある」状態になるために何をしたらいいか、「状態」から逆算して決めた。それが「クッキー屋さんを経営する」だった。

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世界は夢組と叶え組でできている

桜林直子

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コメント

darling00000000 なるほどとなる記事( ' ' )✧︎✧︎ 7ヶ月前 replyretweetfavorite

tomshirai 確かに違いがある。みんなどちらも持っているけど対象や程度が違うのじゃないかな。 7ヶ月前 replyretweetfavorite

rurika109 cakesでサクちゃんの本の試し読みができます。数ある思考の型の中でも、これは特に目から鱗でした。ぜひ一読を! 7ヶ月前 replyretweetfavorite