「AKB商法」がそんなに悪いのか?
左からレジー、さやわか、柴那典
レジー 女性アイドルグループの筆頭であるAKB48に対しては、いまだそこかしこで「AKB48商法」という言い方で揶揄されがちです。
たとえば最近でも、有名なロックミュージシャンが「CDをビックリマンチョコのように売っている人達がいる」とディスったりしている。この「AKB48商法」に関しては、さやわかさんが書かれた『AKB商法とは何だったのか』という本が的確に論じていて、非常におもしろい本でした。
さやわかさん、まずはそのあたりも含めたアイドルシーン全体の概略を教えていただけますか。
さやわか そうですね、まずここ数年で多くの女性アイドルグループが活躍している状況を「アイドル戦国時代」と表現することが多くなったのですが、2013年夏現在は、さらに変化を遂げ、より多様性を持った独特なアイドルが登場する「ポストアイドル戦国時代」になっている。それに伴って、アイドルの存在感は音楽シーン全体の中で非常に大きくなっています。
2012年のオリコンの年間シングルチャートを見ると、ひと目でわかる通り、上位20位はAKB関連とジャニーズで占められている。こんなにアイドルばかりになっちゃったのはなぜかというと、実は日本の音楽業界全体の潮流が関係しているのだということについて、僕の本では書いています。
出典:『AKB商法とは何だったのか』(大洋図書、2013)p15
柴 つまり、「AKB商法」というものが生まれた背景には、実は日本の音楽産業の構造的な変化がある。
さやわか はい。まず音楽業界全体で、90年代のように楽曲をヒットさせてCDを売るというビジネスモデルは00年代でいったん崩壊したわけですよね。その一方でライブは動員数を増やし、現場での音楽体験が重視されるようになってきました。
AKB48もそういう背景のもとに登場したアイドルグループです。というのも、AKB48の最大の特徴は劇場公演、つまりライブなんですね。「AKB商法」と言われるようなCDを何枚も買わせるシステムも、そもそもはライブ会場でCDの即売会をやり、CDを買えばアイドルと握手ができたりライブが見られるという仕組みから生まれたものでした。
柴 その通りだと思います。僕が、さやわかさんの本の中で一番おもしろいと思ったのが、菊地成孔さんの『CDは株券ではない』っていう2005年に出た本の引用をしているところです。その本は、菊池さんが毎週発売されるJポップの新譜を聴き込んで分析した上で売り上げ枚数を予測し、ことごとくその予測を外す、という大変興味深くもおもしろい趣旨なんですけど。
さやわかさんは、そこに書かれていることを2009年以降のAKBを予言したものとしてとらえている。
「思い切って開き直ってさ、みんな組織票で選挙に投票する気持ちでCDを買うようにするとおもしろいんじゃない? 悪いおもしろさだけどさ(笑)。少なくともトップ10はそういう風に割り切ったほうがいいよ。〈選挙で投票する〉ということができない人も、CDを買うことで投票という行為の醍醐味を知るんだ(笑)。」——『CDは株券ではない』菊地成孔
さやわか 菊地さんの本は非常に示唆的です。2005年はAKB48が結成された年なので、この本が書かれた時点では菊地さんはAKB48の存在を知らない。でも一部のファンが大量に購入することでチャートを操作できることを指摘して「CDの盤自体に価値がないとしたら、CDなんて株券みたいなものじゃないか」と、皮肉として書いているんです。そしてその直後にAKBが登場した。
今ではジャニーズやEXILEやロックバンドたち、要はAKB48以外も複数枚のCDを買わせるビジネスをやっています。つまり、このビジネスモデルは既に音楽業界で一般化しており一概に否定できないし、またそれは消費者側としても“音楽“というものの消費形態が変わってきたことを意味する。僕が『AKB商法とは何だったのか』で書いたのはそういう話です。
レジー ジャニーズもファンイベントで特典をつけてCD売り上げを積み増ししたり、複数枚買わせたりしていますよね。株の仕手戦みたいにあらゆる人達がヒットチャートで上位になることを目指しているわけですね。
ハッキングされプロレス化する音楽チャート
柴 今のオリコンチャートは言わば「ハック」されている状況です。通常は一人一枚のCDを購入し、その集積が人気ランキングとなるわけですが、「AKB商法」というのはそのチャートをさまざまな工夫でハッキングする行為といえるわけです。
そこに対して「おまけつきのCDで儲けやがって」という批判がよくあるんですけど、よくよく考えたら、AKB側にとっては握手券だけを売る方がよっぽど儲かるはずなんですよ。でもなぜわざわざCDにつけるのかっていうと、まだオリコンチャートっていうものにハックする価値を見いだしているからです。
レジー 確かに、ハックされてることを怒っているロックバンドのファンの人達も、そのバンドが上位になると喜んでたりするんですよね。結局チャートが大好き(笑)。
柴 そうそう。そして、2013年の上半期も相変わらずチャート上位はAKB関連とジャニーズ系で占められているし、なおかつシングルの最高売上枚数が更新されています。
さやわか ここ10数年「CDが売れない」と言われ続けてきた一方で、むしろこの仕組みを使うと非常によくCDが売れるようになってきたわけですね。
レジー ただ、チャートをハックする行為は昔からあったと思います。90年代にもバラエティ番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』からデビューしたポケットビスケッツが「◯位にならなかったら解散」という企画を行っていたし、『ASAYAN』から生まれたモーニング娘。も、「何枚売れたらメジャーデビュー」という打ち出しだった。ただ、当時は他にちゃんと売れているものがあったから、みんなそれを冗談っぽく楽しめていたわけです。
柴 そうですね。ハックされつくした結果、「ヒットしている曲は何か?」を示すというチャートの本来の意味が失われてしまっている。
さやわか 今のオリコンチャートというのは、その順位の裏にどんな仕掛けがあるのかを読み解くような場所になっています。単なる順位の上下を見ているだけでは何が起きているのかわからない。
レジー 要するに音楽チャートがプロレス化してるんですよね。
ライブ→握手会→CD予約販売→チャートイン
さやわか レジーさんは実際に握手会のシステムがどう運営されているのか、現場で見てきたそうですね。
レジー はい、7月末にあったTOKYO IDOL FESTIVALで写真を撮ってきました。この写真はPASSPO☆というグループのものですが、他のアイドルも含めて主流だったのが「ご予約前金制で握手会参加券をプレゼント」。つまり、発売する前のCDを予約購入して、その場で握手券をもらうという手法です。
※TOKYO IDOL FESTIVAL:2010年より行われている参加アイドルの数では日本最大規模のアイドルイベント
※PASSPO☆:2009年にデビューした「旅」がコンセプトの女性9名からなるアイドルユニット
TOKYO IDOL FESTIVAL 2013にて掲げられていた看板
さやわか これはかなり考えられた仕組みなんです。
まず発売前からライブイベントをやりまくるわけです。そこでファンはその日の握手会参加券を手に入れるため、前金制でお金を払ってCDを予約し、握手会を楽しみます。そして発売日になったら予約したCDを店舗で引き換えに行くわけです。店舗としては引き換えの時点でCDが売れたことになる。しかも、引き取り日を発売日から少しずつ日程をズラすと、売れ方の勢いが持続したように見えるという仕組みです。
レジー TOKYO IDOL FESTIVALの時は、PASSPO☆だけでなくいろんなアイドルグループが「ご予約前金制で握手会参加券をプレゼント」という告知を貼ってました。そこで、本当にその参加券を束で持っているファンがいるんですよ。それを一枚渡して握手、一枚渡して握手、っていうのをずっとやってる人がいる。
アイドル業界でよく言われる「ループ」というのを初めて見ました。
さやわか でも、本当はその握手券の一枚一枚がCDなわけなんですよ。不思議なことですよね。
レジー そういうイベントが各地で行われていて、その積み重ねが初週のチャートの売れ行きに結びつくわけです。
柴 そうなんですね。僕はCDの初回盤を買ったら封入特典として握手券がついてくるんだと思ってました。
さやわか もちろんそのパターンもあるんですけど、この場合は握手会がCDより先です。
柴 ってことは、CDを株券に例えるならば、これは先物取引だ(笑)。
さやわか 恐ろしい話ですね(笑)。
ロックとアイドルの消費構造
柴 今の話にも出てきたTOKYO IDOL FESTIVALは2010年から開催されているアイドル主体のフェスですが、レジーさん、行ってみての印象はどんな感じでした?
レジー おもしろかったです。初めて行ったんですけど、何がおもしろいって、アイドルがそこらへんを普通に歩いてるんですよ。
さやわか 行った人はみんなそれに驚きますよね(笑)。
レジー ライブが終わった後に、物販とか握手エリアとかにお客さんと同じ導線で移動してたりする。本当に手の届く場所にいる感じなんですよ。でも、それで騒ぎになるわけじゃなくて、ちゃんと並んで握手をする。そういうことを当たり前のものとしてみんな受け入れている。この距離感が今のアイドルシーンの根本なんだろうなと思いました。
テーマに話を戻すと、やはりフォーマットはロックフェスティバルなんですよね。ステージが複数あって、いろんな場所で同時にライブが進行している。
柴 主催者も明確にロックフェスを意識しているはずです。TOKYO IDOL FESTIVALのプロデューサーの門澤盛太さんは「フジロックみたいに、どこに行っても何かが行われている空間」という意図があったということを話してました。
レジー 僕は下北沢インディーファンクラブの雰囲気にも近いと思いました。街中でみんなで歩き回ってる感じもあるし、そこへ行けばシーンの今がわかるっていう。
※下北沢インディーファンクラブ:2010年より下北沢で行われるライヴ・サーキット型の音楽イベント
さやわか どちらにしろ、ロックフェスのシステムが、今のアイドルカルチャーにマッチしたということですよね。昔のアイドルファンはテレビなどのメディアが中心で「この子だけが好き」みたいな人達のほうが多かったんだけど、最近はそうではなくて「DD(誰でも大好き)」という考え方の人もどんどん増えているし、みんなで集まってライブを盛り上げるようなところがある。そういう動きにマッチする音楽業界の仕組みとして、今のロックフェスが合致した。
柴 ロックとアイドルの消費が構造的に同じものになってきているわけですね。
(構成:柴那典、 8月8日 下北沢B&Bにて)
次回は9月18日更新! ロックとアイドルの関係に迫ります。