登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好きな高校生。
双倉図書館にて
僕はユーリやテトラちゃんといっしょに、双倉図書館で開催されている《音楽と数学》というイベントに来ている。
いまは《純正律の輝き》コーナーで、純正律に出てくる音程について調べている。
パネルの指示に従って、$6$音まで計算したところ(第287回参照)。
ユーリ「んんー、そろそろ純正律の音階、残りの$2$音を作ろーよ!」
僕「そうだね。ここまで作った、$$ 1, 5/4, 4/3, 3/2, 5/3, 2 $$ という値は、$C$の音の高さを$1$としたときの$6$音の比になるわけだよね。 楽譜に書くとどうなるんだろう」
テトラ「ハ長調($C$ major)の音階のうち$6$音を書いてみました」
純正律によるハ長調($C$ major)の音階($C$を$1$としたときの周波数比、作業途中)
ユーリ「あいだが抜けてる」
テトラ「ユーリちゃんが言ってた『残りの$2$音』のところですね」
僕「他は$G$音を基準にして作ると書いてあったよ。このパネルによると」
純正律による音階
この表の音程(純正音程)を使って規定された音階を純正律による音階と呼びます。
- $C$に対して、完全$1$度、完全$8$度、完全$5$度、完全$4$度、長$3$度、長$6$度上の音となる$6$音をそれぞれ作ります。
- $C$に対して完全$5$度上の$G$に対して、完全$4$度下の音、長$3$度上の音を用いて$2$音を作ります。
- この$6+2=8$音で《純正律によるハ長調($C$ major)の音階》が作られます。
ユーリ「えーと、$C$Hzに対して、$G$Hzは、$3C/2$Hzだから……さらにその完全$4$度下は、どーなる?」
僕「$G = 3C/2$Hzに対して、完全$4$度下の音の周波数を$x$Hzとすると$x:G = 3:4$ということ。つまり、$$ x:G = x:\tfrac32C = 2x:3C = 3:4 $$ が成り立つわけだから、 $$ \dfrac{2x}{3C} = \dfrac34 $$ より、 $$ x = \dfrac{9}{8}C $$ になる。だから$C$を$1$とすれば、残りの$2$音のうち片方は$9/8$だね」
- $G = 3C/2$Hzに対して、完全$4$度下の音の周波数は$9C/8$Hz
ユーリ「残りは一つ! $G$Hzの長$3$度上の周波数を$y$Hzとすればいーんだよね。$4:5$だから、$$ G:y = \tfrac32C:y = 4:5 $$ ということで、えっと、 $$ y = \frac{15}{8}C $$ になって、$15/8$だ!」
- $G = 3C/2$Hzに対して、長$3$度上の音の周波数は$15C/8$Hz
テトラ「埋めてみました!」
純正律によるハ長調($C$ major)の音階($C$を$1$としたときの周波数比)
ユーリ「できたできた!」
僕たちは、パネルの指示に従って計算したこの楽譜をしばらく見つめる。
僕「……」
テトラ「……」
ユーリ「……ねえ、お兄ちゃん。気になることあんだけど、$9/8$とか$15/8$って、それほど小さくなくね?」
僕「ユーリがいうのは、$D$の$9/8$や、$B$の$15/8$は、$G$の$3/2$などに比べて《小さい整数の比》になっていないという意味だよね」
ユーリ「そーそー。小さい整数の比の方が澄んだ響きになるんじゃなかったっけ?」
僕「そうなんだけど、そこでいう《響き》は二つの音の関係だよね。$D$の$9/8$というのはあくまで$C$を$1$としたときの周波数比。 そして$C$と$D$はもともと協和しない」
ユーリ「んー、そっか。$D$と$B$は$G$を基準にしたんだもんね。あっ、だったら、$G$を$1$に置き換えたら、この数字はぜんぶ変わる?」
テトラ「やってみましょう! 現在$3/2$になっている$G$が$1$になるようにするんですから、数値をぜんぶ$2/3$倍すればいいですね」
純正律によるハ長調($C$ major)の音階($G$を$1$としたときの周波数比)
ユーリ「$G$を$1$にすると、$D$は$3/4$で$B$は$5/4$になるのは、そーやって作ったからわかる。それから、もともと$G$は$C$の完全$5$度上で作ったからそこも$2/3$になる……」
僕「そうだね。そして$G$を$1$とすれば、上の$C$は$4/3$になる」
ユーリ「数は並べてみるとおもしろいんだね。ここでも$G$の一つ上の$A$は$10/9$になって分子は二桁になっちゃう。でもそれ以外の分数は分子も文母も一桁……んー」
僕「ユーリは何を考えているんだろう」
ユーリ「あのね、ピタゴラス音律だと$2$と$3$しか使わなかったじゃん。純正律だと$2$と$3$と$5$を使う。それを比べたらどーなるのかなって」
僕「なるほどね! ピタゴラス音律と純正律を比較するということか」
テトラ「だったら、実際にやってみましょうよ。純正律とピタゴラス音律の両方について、$C$を$1$とした場合の周波数比を表にしてみましょう!」
純正律とピタゴラス音律によるハ長調($C$ major)の音階比較($C$を$1$としたときの周波数比)
僕「確かに、具体的に書いてみるとよくわかるなあ。$C$を$1$としたとき、ユーリは純正律の$B$が$15/8$になるのを気にしていたけど、 ピタゴラス音律だと、$243/128$だった!(第284回参照)」
テトラ「《例示は理解の試金石》ですから、どんなときでも具体例で考えるのはいいですよね」
ユーリ「あれ……テトラさん。これ合ってる? $F$って$4/3$じゃなくて、もっとすごかったよーな気がする」
テトラ「そうです、そうです! こちらに書いたピタゴラス音律の$F$は、下の$C$から$3$倍を繰り返して作ったものではなく、 上の$C$から$1/3$倍で作ったものなんです。下から積み上げていくと、確か……(ノートを見返す) はい、$F$は$177{}147/131{}074$になります(第284回参照)」
ユーリ「んんん……?」
テトラ「下の$C$を$1$音目としてから始めて《$3$倍を繰り返してオクターブを越えたら$2$で割る》のを繰り返すと、上の$C$にたどりつけませんよね」
ユーリ「ピタゴラスコンマずれるから?」
テトラ「そうですね。そして《$3$倍を繰り返してオクターブを越えたら$2$で割る》のを繰り返すと、$F$にたどり着くのは$12$音目になります。ようやく、です」
僕「そうか、$F$は最後に作られる音なんだ」
テトラ「なので、ピタゴラス音律で音階を作るときは通常、$F$を上の$C$を$1/3$倍して、オクターブ内に収まるように$2$倍を繰り返します。それで、$4/3$倍になるんです。というのはパネルからの受け売りですけれど」
さらに深く考えよう
ユーリ「楽譜だと、高い低いがわかりやすいけど、これって半音と全音が混ざっているじゃん? だから、よく考えないとどこが半音でどこが全音かわからなくなるね」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)