韓国映画最大の異端児キム・ギドク監督、怒涛の1万字インタビュー

作家・樋口毅宏さんが今回取り上げるのは、3月20日から公開される韓国映画『人間の時間』監督、キム・ギドク。この映画は、クルーズ中の船に起こった異常事態に、乗客たちが生き残りをかけて悲惨な事件を巻き起こしていく姿を描いたもの。15年前に韓国映画ムック誌の編集長を務めていた樋口さんが、キム・ギドク監督にインタビューをおこないました。その全文を一挙公開します。

2004〜5年、僕は韓国映画ムック誌『Korea Movie』の編集長を務めていた。その韓国ムック誌は、ヨン様ことペ・ヨンジュンの「冬ソナ」ブーム以降、雨後の筍のように湧いて出た、韓流アイドルモノのひとつだった。それでも当時の僕は、「『Korea Movie』は他誌とは違う」と差別化を見せたくて、およそ読者が求めるものとは異なるものにページを割いた。そのひとつが「韓国映画界最大の異端児」キム・ギドクだった。

しかし、シリアスな批評を多数載せたものの、ヨン様、イ・ビョンホン、クォン・サンウといった、母親ぐらいの世代からミーハー的な人気を誇っていたアイドル俳優が表紙のせいか、自分が望むような映画マニアを獲得することはできなかった。そして韓流ブームはあっという間に下火になり、ムック誌は休刊した。それを機に僕は14年間働いていた白夜書房(コアマガジン)を退職し(退職金は1円も出なかった)、作家になった。


左から筆者、エージェントのユン・ジスン、末井昭(白夜書房取締役・当時)、キム・ギドク監督、藤脇邦夫(白夜書房営業部副部長・当時)


「Korea Movie」のバックナンバーの一部。1年半で増刊を含めて15冊発刊された


「Korea Movie vol.3」 p3より(画像をクリックすると拡大できます)


「Korea Movie vol.2」p90より(画像をクリックすると拡大できます)

今回、キム・ギドクの最新監督作『人間の時間』でパンフレットのインタビューとテキストを担当させてもらった。


主人公を演じるチャン・グンソクのファン向けに僕が書いたテキストが、ギドクを知るのに最も適していると思うので、まずは目を通して下さい。パンフレットから抜粋して転載します。

キム・ギドクは1960年生まれ。今年で還暦になります。父親は元軍人。朝鮮戦争で負傷しました。そのお父さんに殴られながらキム・ギドクは育ちました。

最終学歴は小学校卒業です。一応、農業の専門学校にも通っていますが、本人曰く「卒業証書もないような」学校だったそうです。

20歳で海兵隊に入隊。5年後に除隊。牧師になる目的で視覚障害者の教会で2年間働きます。

30歳のときにフランスに渡り、絵を描いて生計を立てます。ここで初めて映画を観たそうです。

帰国後、シナリオを書きコンクールに入選。映画監督の道へ。

1996年、デビュー作『鰐』の撮影中に製作会社が3度変わり、プロデューサーに殴られ、撮影現場の漢江橋から3人が投身自殺するところを目撃。撮影終了後、ギドク自らが劇場を回って上映の交渉にあたりました。そうして難産の末に公開された『鰐』は「強姦映画」「中途半端なアマチュア映画」と酷評されました。

2001年、『悪い男』により「韓国の北野武」と呼ばれ、日本で知名度を上げていきます。2004年に『サマリア』でベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)。同年、『うつせみ』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)。2011年、『アリラン』でカンヌ国際映画祭〈ある視点〉部門の最優秀作品賞。そして2012年、『嘆きのピエタ』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞。世界3大映画祭をほぼ総ナメと言っても差し支えありません。

これだけ書くと、紆余曲折あったけど順風満帆じゃない?と思えるかもしれません。けれども状況はまったく異なります。

暴力描写が激しすぎることに加えて、近親相姦、売春、ロリコン、整形、犬肉売り、男根去勢などのタブーに触れる作品性。なおかつ高学歴至上主義の韓国において、小卒のギドク監督は忌み嫌われています。要するに、「総合芸術である映画で、低学歴の人間が世界の名だたる賞を獲るなど許せない」と、黙殺されている状況が続いています。

それでもギドクには世界中に熱狂的な支持者がいます。が、2015年の『STOP』で福島の原発事故後を扱ったため、遂に最大の理解者である日本のタブーにも触れてしまいました。この作品は日本でほとんどスルーされています。

近年はme tooムーブメントの流れもあり、出演女優からベッドシーンを強要、並びに暴行、レイプ被害の告発を受けています。もちろん擁護できるものではないし、ギドクは謝罪しています。2020年現在、わりと追いつめられている状態でこの作品が公開されるというわけです。

本作はベルリン国際映画祭のパノラマ・スペシャル部門や、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭のオープニング上映(こちらの顛末は塩田さんの原稿をお読み下さい)に招待されるなど、華々しさを感じさせます。しかし本国である韓国では上映されず終いだそうです。これまでもギドク作品は、韓国だと場末の映画館で1週間で打ち切りという扱いでした。

ギドクはここ数年、明らかに失敗とわかる作品で失望させられることもあった。正直なところ、『人間の時間』もギドクの集大成というわけではなく、さらに向こうへとたどり着くまでの過程作品として観たほうがいいだろう。

今回のインタビューにあたって配給側から「質問に関しては監督の映画・作品についてのみでお願いいたします」と言われていた。望み通りだった。ギドクと映画の話以外、何をするというのか。

前置きが長くなりました。それではどうぞ。ほぼ全文です。通訳は韓国映画の字幕といえばこの方、根本理恵さんです。


一番描きたかったのは、人間の限界を超えること


キム・ギドク監督

—ご無沙汰しております。2005年にあなたの公式本『キム・ギドクの世界 野生もしくは贖罪の山羊』(白夜書房)を作らせて頂いた樋口毅宏です。


『キム・ギドクの世界 野生もしくは贖罪の山羊』(白夜書房)

—2007年に日本であなたのレトロスペクティブ(渋谷ユーロスペースでおこなわれた全作品上映会)があったとき、パンフレットも担当しました。あれから僕は出版社を辞めて作家になりました。「暴力描写が酷い」「女性差別主義者」と一部で忌み嫌われています。韓国の翻訳版が出版されていたらあなたに読んで欲しかったです。
今回インタビューするにあたってあなたの作品を見返しましたが、そのストーリー展開、人物の行動など、「狂っている」と改めて思いました。ヒリヒリするような痛み。実存主義と形而上学、階級闘争、人間の業、センセーショナル、救いのない救い。決して観客を無傷で返さないとする強い意志。こんな物語が作れるのはあなただけです。

ギドク ありがとうございます(笑)。

—『人間の時間』ですが、世界をひとつの船に見立て、特権階級の政治家、それに群がるヤクザ、娼婦、船員、日韓の一般市民を乗せています。序盤に政治家とその他の人たちで部屋の大きさと食事で差を見せるなど、近年『万引き家族』『ジョーカー』『パラサイト』など貧富格差をテーマにした映画が世界中を席巻しているので、ギドク監督も他の世界の映画監督とシンクロニシティーを見せるのかと思いきや、その後の展開とスケールは大きく違っていました。あなたはやはり世界の潮流とは無縁の、孤高の映画監督ですね。

ギドク 私は『人間の時間』を作るときにいくつか描きたいことがあったのですが、その中でももっとも描きたかったのは人間の限界を超えることでした。この映画の中には空腹も出てきますし、死も出てきます。「人間」「空間」「時間」そしてまた「人間」という4つのチャプターに本編が分かれていますが、最後まで見せることによって人間の限界を超えてみたいと思って作りました。なのでこの映画を観る人の中には衝撃を受ける方もいるでしょうし、新しい考えを持つことができる人もいるのではないでしょうか。

—ギドク監督は20歳で海兵隊に入隊し、人生に大きな影響を受けたことと思います。だからなのか、あなたの作品はこれまで、〈水〉が大きなモチーフとして描かれてきました。デビュー作の『鰐』の漢江、『青い門』、『悪い男』、『コースト・ガード』、『弓』、『絶対の愛』の海辺。『魚と寝る女』の釣り池、『春夏秋冬そして春』の川、『The NET 網に囚われた男』の北朝鮮と韓国の間に横たわる海……。そして今回、主人公たちが乗る方舟から〈水〉—海が失われるとき、あなたが作ってきたストーリーの中でもまた特に異なるものが出来上がったと思います。あなたの作品で、〈水〉が必ず舞台となるのはなぜでしょうか?

ギドク おっしゃる通り、私は海辺で軍隊生活を送ってきましたので、海は身近なものでした。でも実は泳げませんでした。

—意外です(笑)。

ギドク 海とか水はとても意味のあるものだと思います。様々な形に姿を変えます。風が吹いたら海も水も形を変えますし、様々な顔と性格を持っています。そう思うと、人間の性格にも通じるところがあると思います。

今回ロングショット映画にした理由

—なるほど。あなたは以前こうおっしゃっていました。「映画は3つのタイプに分類できる。ひとつめはクローズアップ映画。『魚と寝る女』、『悪い男』。
ふたつめ、フルショット映画。『ワイルド・アニマル』、『受取人不明』、『コースト・ガード』、『サマリア』、『嘆きのピエタ』。
3つめ、ロングショット映画。『春夏秋冬そして春』。まるで神の視点のように描いている本作もそうですね。遠くから人間を眺めるワイドの視点。
作品のたびに手法を変えようと決めているのですか?

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

この連載について

初回を読む
青春の終わりとは大好きなバンドが解散することである

樋口毅宏

小沢健二、Great3の復活を、そして「いいとも!」の終わりを予言したと噂の作家・樋口毅宏さんのサブカルコラムがスタート! ロックと文学とプロレスに生涯を決定づけられた樋口さんの衝動をお楽しみください。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

saruKmovie ( ・1万字インタビューの筆者… https://t.co/r3odQochAb 6ヶ月前 replyretweetfavorite

byezoushigaya シネマート新宿に、僕がギドクにインタビューした記事が貼られている……👀 立ち読みで疲れて途中であきらめた方へ。こちらで全文読めます。↓ https://t.co/bQom4LD6Cc https://t.co/LE8ReBgH2I 6ヶ月前 replyretweetfavorite

saruKmovie 異端児キム・ギドク監督、怒涛の1万字インタビュー| 6ヶ月前 replyretweetfavorite

hasepyou_despe 世界三大映画祭で賞を受賞してるのに本国からは冷遇され、この作品も韓国での公開はないらしい。キム・ギドク監督がどれだけ異端かはこのインタビューで。 https://t.co/yAsHq74Hyw 6ヶ月前 replyretweetfavorite