彼女のヘッドバンキングは遠い
【登場人物】
清田隆之
桃山商事・代表
1980年生まれの文筆業
森田雄飛
桃山商事・専務
同じく1980年生まれの会社員
ワッコ
桃山商事・係長
1987年生まれの会社員
清田 桃山商事の恋バナ連載、今月は「隣にいるのに遠くに感じる」というテーマでお送りしています。
ワッコ 前回、世の中には踊れる人と踊れない人がいるっていう話題が出たじゃないですか。
清田 妻は踊りたい人だけど、俺の中には踊るというコマンドがないから距離があるという話だった。ワッコも踊れない人だったよね。
ワッコ はい……。あの話を聞いていて思ったんですけど、ライブを見に行っても、わたしは地蔵みたいになっちゃうんです。目をつぶって漂うように踊れる人がうらやましいなって……。
清田 わかる。これはかつて付き合っていた彼女と小さな野外フェスに行った時の話なんだけど、彼女が好きなバンドが出ていて、それが結構激しい感じだったのよ。その場には彼女のライブ好き仲間もいて、お酒をガンガンに飲んで盛り上がっていた。俺はそれを「ふ〜ん」みたいな感じで腕を組んで眺めてたんだけど。
ワッコ 踊れない人あるある(笑)。
清田 盛り上がってくるにつれて彼女の動きも激しくなり、最終的には頭をガンガン振りながら踊っていた。普段絶対に見ることのない姿だったから、彼女のことをすごい遠くに感じてしまいました。
森田 彼女のヘッドバンキングは、確かに遠いね(笑)。
清田 見たことのない彼女の一面を見た寂しさに加え、自分が踊れないコンプレックスみたいなものもあったような気がする。
森田 取り残されてる感じか。
ワッコ バイブスの違いみたいなのってありますよね。わたしは昔、彼氏と一緒に初めてライブに行った時に「この人のノリ方、すげーヤだ」と思っちゃったことがあります。
森田 どういうこと?
ワッコ 彼はそれこそ飛んだり跳ねたりしていたんですけど、わたしとしては「そういうアーティストじゃないんですけど」みたいな気持ちがあって。
森田 なるほど。
ワッコ ただ騒ぎたいから来てるだけで、きっと何を観てもこういう盛り上がり方をする人なんだろうなと思いました。
森田 ライブに限らず、同じものを観ていてそういう距離を感じることは結構ある気がする。
清田 ある女性は、「いつも静かな彼氏がライブでフォーって叫んでいた時に、遠くに感じた」と言っていた。
ワッコ フォーは遠い(笑)。
彼氏の裏アカ、ほとばしるワッコの情熱
森田 自分の知らない相手の一面っていう話だと、今だとSNSで不意に知っちゃうみたいなこともありそう。
ワッコ ありますねー。例のフルチン土下座の彼氏が浮気している時期に、彼のスマホを定期的にチェックしていたんです。それがいいか悪いかは一旦措いといていただきたいんですが……ある時、彼の謎の裏アカが出てきたんですよ! 架空の男性のフルネームをかたったインスタグラムが。
清田 マジか(笑)。浮気疑惑でスマホを見たら、思わぬ副産物が見つかってしまった。
ワッコ もう何年も一緒に住んでるけど、こんなことしてるなんて全然知らなかったとびっくりしました。
森田 彼はそこで何をアップしてたの?
ワッコ 一緒に観た映画や演劇のレビューみたいのを書いてたんです。裏アカってだけでもまぁまぁ驚いたのですが、彼はカルチャーなものに全く興味がない人だったので、その内容にも驚いてしまいました。
清田 へ〜。
ワッコ わたしがこういうことを言っていた、みたいなことも書いていて。
森田 ちょっと面白いじゃん。
ワッコ 架空の名前が書いてあるインスタグラムにわたしの本名とか話した内容とかが出てきて、なんだか背筋がヒヤッとしたのですが、興味は湧くじゃないですか。この先に自分の知らないことがザクザク出てくるんじゃないかという興奮感がありました。
森田 いい意味で予想を裏切ってくれたってことなのかな。
ワッコ それまでは、「この人のことはもう全部予想できる」って、ある意味舐めてたんですよね。彼が普段会っている人や行っている場所も全部把握できてると思ってたし。だからこそ、自分が知らないことをしてるっていうのは衝撃でした。
清田 ギャップがすごいもんね。
ワッコ 「この人は何者だ? 誰?」みたいなパニック状態に陥り、友達とのLINEをのぞいたりもしました。読者の皆様にすごい引かれるかもしれないけど、盗聴みたいなこともしたし。
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。