自分のことが嫌いで嫌いでたまらない。だから誰のことも好きになれず、そのくせ誰かから愛されたくて仕方がない。
女装と出会ったのは、そんな感情に振り回されていた10代の頃のこと。
16歳の頃の筆者
「父親のようになりたくない」ダイエットに励んだ思春期
中学2年生のとき私は学校に行かなくなり、そのことが原因で父親と大きく衝突した。背が高く恰幅の良かった、父親のような大人になりたくないと思った私は、ダイエットを始めた。
学校に行かなくなってから昼夜逆転生活が始まり、深夜に大きなおにぎり6個とポテトチップス2袋を食べながらコーラをがぶ飲みしていたせいで太っていたのだが、その習慣をやめることにした。
食べる量を極端に減らし、空腹は水を飲んで紛らわせること数ヶ月。60キロ近くあった体重が30キロ台にまで落ちた。
その頃から30年以上、体型は変わっておらず、身長は165センチで体重は45キロ前後で落ち着いたままだ。この話をすると、年配の女性からは多くの場合「おばちゃんのお肉分けてあげたいわあ」という感想が返ってくる。もちろん本当に分けてもらったことは一度もない。元ネタというか、最初にこういうことを言いだして広めた人が誰かいるのだろうか。ちなみに男性から言われたことはほとんどない。
沖縄の海辺で、女の子に間違えられナンパされる
ダイエットに成功して、父親の体型とは真逆な華奢な体型になってから、私は女の子に間違えられることが増えた。私には妹がひとりいるのだが、一緒にご飯を食べに行くと、よくお店の人から「お姉ちゃん」と呼びかけられた。
男性からナンパされたこともある。沖縄に旅行に行ったとき、海辺に座って夕陽を眺めていると隣にマッチョな感じの青年が座り、「きれいですね」と話しかけてきた。「ほんまですよね」と返したら、マッチョ君は口を開けて私の顔をまじまじと見た。たぶん、私の声の低さにびっくりしたのだろう。20秒ほど世間話をしてから去っていった。
初めて好きになった女の子
16歳の頃、私は4歳年上の美大生の女の子を好きになった。
「いい大学に入っていい会社に就職してお金をいっぱい稼げば幸せになれる」という、父親から刷りこまれた価値観に変わる価値観を身につけたいと思い、マンガを描き始めた頃だった。いくつも作品を仕上げては、マンガ雑誌「ガロ」の新人賞に応募した。ところが落選してばかり。そのたびに「もっと勉強しましょう」というメモとともに作品が送り返されてくる。
途方に暮れた私は、プロのマンガ家たちが講師を務める、社会人向けのマンガ学校に通うことにした。蛭子能収さんには「マンガ家の山田花子に似てるね」と言われ、内田春菊さんからは「いろいろ足並みが揃っていない」と評された僕のマンガはぱっとしないままだったが、通ううちに、同じく生徒として来ていた年上の美大生の女の子と仲良くなったのだ。
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