弱さ」をさらけ出すおっさんと、アンドロイドの「尊い」関係

いま、「おっさん」はどこへ行くべきなのか? 時代に合わせて生まれつつある「あたらしいおっさん=ニュー・ダッド」たちの姿を見つめながら、これからの「父性」「男性性」を軽やかに考えるエッセイ連載第10回。大ヒットゲームに登場するくたびれたおっさんとアンドロイドが織りなすBL的関係から、他人と向き合い理解することについて考えます。

イラスト:澁谷玲子©2018 Sony Interactive Entertainment Europe. Developed by Quantic Dream.

BL(?)としての『タンタンの冒険』

BLについては門外漢なので偉そうなことは何も言えないのだけれど、フィクションに描かれたある関係性を尊いと感じるのはよくわかる。僕の場合、髭のおっさんのキャラが絡んでくるとなおさらだ。

たとえば『タンタンの冒険』に出てくるハドック船長が僕は子どもの頃から大好きで、立派な髭を蓄えたいかにも「海の男」然とした風貌をはじめ、大酒飲みなところや、短気で口が悪く、同時に情に厚くて涙もろい……といった、彼のおっさん臭さにときめいていた。のだが、大人になってから『タンタン』シリーズを読んでいると、ハドック単体よりもむしろ、「え……これ、タンタンとハドック明らかに愛し合ってるよね、ていうか、どっちかというとタンタンからハドックへの想いが強いよね……」というところにドキドキするのである。

ポイントは、ハドックが「ドジっ子」であることだ。本人はいたって真面目に、自分の直感と信念にしたがってあまり考えなしに行動するのだが、それらはたいていトラブルを引き起こしてしまう。そこでわれらがタンタンの登場である。勇敢な少年は、冷静な判断力で問題を鮮やかに解決していく。ハドックはタンタンに熱く感謝し、しかし違うエピソードではまたドジをやらかしてタンタンに助けられている。

ではハドックはタンタンにとってただの迷惑なおっさんなのかと言うと、そうでないのがこのシリーズの肝だ。というか、むしろタンタンにとってハドックが必要だというのが僕の見立てである。タンタンはやたら落ち着いた少年で、自分からトラブルを招くようなことはしないし、感情に流されて間違いを犯すようなことはほとんどない完璧超人だ。けれど、彼にとってそれは感情的になったり取り乱したりする機会を失っているということでもある。タンタンは側にハドックという困ったおっさんがいるからこそ難しい局面で正しい行動をつねに心がけることができるし、ときには普段見せない感情を露にする。宇宙が舞台となる『月世界探検』はあまりにもいい加減なハドックにタンタンがついにブチギレてしまい、シリーズのファンの間で「あの、いつも温厚なタンタンがついにキレた」と伝説になっている回だが、そうした出来事があったからこそ、ふたりの仲はより強固なものになっているのである。

おっさんが主人公の少年を「父」の代わりとして導くのではなく、少年が(かわいくてドジな)おっさんを何度も助けることによって、より人間らしくなっていく。それが僕にとっての『タンタンの冒険』であり、だからこそふたりの関係は尊い。

おっさんの「好感度」をあげ、攻略するゲーム

そんな僕が近年「これは……!」となったカップリングが、世界的にヒットしたオープンシナリオ・アドベンチャー・ゲーム『Detroit: Become Human』に出てくるハンクとコナー……いや、ハンコナだ。

『Detroit: Become Human』は2038年のデトロイトを舞台にした近未来SFで、そこでは人間の生活のためにアンドロイドが働いている。あるときアンドロイドが自我のようなものを持ち始め、やがてそれはアメリカ中を巻きこむ事態に発展していく。プレイヤーは主人公となるアンドロイド3体を交互に操作し、重要な決断を下しながらストーリーを追っていくことになる。

主人公のひとりであるコナーは事件を追うための最新鋭アンドロイドで、警察のもとに配属される。そのときの相棒となるのが、アンドロイド嫌いの警部補ハンク・アンダーソンだ。ハンクは髭面のくたびれたおっさんで、真面目に仕事をしておらず酒浸りの日々を送っていたのだが、コナーとバディを組むことによって、どうにか事件を追っていく。

『Detroit: Become Human』はプレイヤーが様々な選択をして進めていくゲームで、コナーのパートではハンクとの会話や彼に対してどういった態度を取るか選ぶことができる。また、その選択によってハンクの「好感度」がどう変化したかが、ご丁寧にも逐一画面の端に出現する。つまり、コナーになりきっているプレイヤーは、自分が選んだ言動の結果、ハンクに好かれたのか嫌われたのかわかるのである。当然、僕はハンクに好かれようと必死になった。もはや恋愛ゲームのよう。でも、ハンクはとにかく可愛げのある奴なので、ほとんどのプレイヤーもそうだったのではないだろうか。僕に言わせれば、『Detroit: Become Human』の少なくともコナーのパートは、ハンクの心を掴むためのゲームである。

それに、ハンクはアンドロイドのコナーに比べて身体能力で劣ることもあり、事件を追っていく過程でコナーに何度も助けられることになる。ある場面では、コナー=プレイヤーは犯人を追うかハンクを助けるか選ばなければならない。そんなのハンク助けるしかないでしょ……! とそっちの選択肢にすると、おっさんは「コナー……いや、なんでもない」と言ったりして、「んもー! 素直にお礼言えばいいのに、このツンデレおじさん!」とヤキモキして楽しむことができる。

実際、ゲーム実況やネットでの感想を見ると、「ハンク、もうこれヒロインでしょ」と言っているプレイヤーが多くいる。僕がそれにもう少し注釈を加えるならば、ハンクはかつて「ヒロイン」が物語のなかで負わされていた役割を果たしているおっさんである。

もちろん、ひとことに「ヒロイン」と言っても、現在その姿は多岐にわたり、男に頼らず自ら悪に立ち向かっていくようなキャラクターも珍しくない。クッパにさらわれてマリオに「助けてー!」と叫ぶばかりのピーチ姫のような「ヒロイン」像はもう古い。

しかしその点、ハンクは主人公であるコナーにバンバン助けられている。ある意味では、年長の男がヒーローにならなければならないという役割意識から解放されているキャラクターとも言える。

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ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん

木津毅

「おっさん=悪いもの、古いもの、いまの社会の悪しき土台を作ったもの」とされている今日この頃。ではいま、「おっさん」はどこへ行くべきなのか? 時代に合わせて生まれつつある「あたらしいおっさん=ニュー・ダッド」たちの姿を見つめながら、これ...もっと読む

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コメント

NayTilt 「おっさんの「好感度」をあげ、攻略するゲーム」 間違ってねえわ あれギャルゲだった いやBLゲーか https://t.co/HUt7X027wX 13日前 replyretweetfavorite

kurumi_gma ハンコナハン尊い~ってなって… https://t.co/KvkSeWOoJC 3ヶ月前 replyretweetfavorite

toukajuri めちゃおもろい…。 4ヶ月前 replyretweetfavorite

violence_ruin @Tak93208334 デトロイトのこと調べててこんなの見つけたのhttps://t.co/IYQP6LzcO5 7ヶ月前 replyretweetfavorite