政の権を、朝廷にお返しいただきたいのです」|疾風怒濤(十三)1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

十三



 邸内に通された二人は、書院の間らしき場所でしばらく待たされた。門前払いされても文句は言えないのだが、後藤の紹介状が効いたらしく、原は会ってくれるという。

やがて黒羽二重の正装を着た武士が現れた。

「原市之進に候」

 腹底に響くような声で男が名乗る。

 大隈と副島も負けじと名乗った。

「後藤象二郎殿とお知り合いか」

「はい」と答えて副島が経緯を説明する。

「だとすると、お二人が土佐藩の船に乗ったところ、後藤殿も偶然乗っていて、紹介状を書いてもらったというのですな」

 原の顔に落胆の色が広がる。二人をいっぱしの志士と勘違いしていたのだ。

 後からばれる嘘をついても仕方がない。大隈は開き直ったように切り出した。

「実は、われらは脱藩したばかりなのです」

 原は「ほう」と答えて目を見開いたが、その顔には、「何だ、にわか志士か」という軽蔑の色があらわだった。

「経緯は分かりました。国事奔走お疲れ様です。それで此度は、何用で参られたのですか」

 副島が大隈をちらりと見やる。ここからは弁舌の得意な大隈に任せたいのだ。

「実は—」

 大隈は胸を張って言った。

「政の権を、朝廷にお返しいただきたいのです」

「はあ」と言って原が然とする。

「つまり幕府を店じまいし、天皇を頂点とする新たな政体を、一刻も早く築かねばなりません」

 ようやく大隈の言っていることを理解した原が、不快感をあらわに言う。

「つまり貴殿らは、徳川家が関ケ原合戦で得た政の権を、誰とも戦わずに返上せよと仰せになるのか」

「まあ、そういうことになります」

 原の顔が真っ赤になる。それに構わず大隈が続ける。

「今、日本国は未曾有の国難に見舞われようとしています。外夷どもは日本国をわがものにしようと、虎視眈々と狙っています。今のうちに新たな政治体制を築き、外夷に付け入る隙を与えぬようにせねばなりません」

 原が身を乗り出すようにして問う。

「それが今の幕府の体制では、できないと仰せになるのか」

 大隈がはっきりと言い切る。

「はい。できません」

 原が怒りを抑えるように問う。

「なぜですか」

「すでに求心力を失っているからです」

 傍らの副島が「これ」と注意するのを無視して、大隈が続ける。

「今、天下を束ねられるのは天子様以外におられません。今こそ天子様を中心にした挙国一致体制を築き、欧米の文物を取り入れ、いち早く富国強兵の道を歩んでいかねばならないのです。ここで幕府と薩長が干戈を交えたらどうなりますか。天下は大いに乱れ、国は真っ二つになります。外夷がそこに付け入ってくるのは、火を見るより明らかです」

 大隈の見通しでは、もしも内戦が起これば、東西に分かれた両陣営が二年から三年は戦い続け、最後は和睦で決着するにしても、日本の国土の大半が、焼け野原になるというものだった。

 原が腕組みしつつ答える。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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