十三
邸内に通された二人は、書院の間らしき場所でしばらく待たされた。門前払いされても文句は言えないのだが、後藤の紹介状が効いたらしく、原は会ってくれるという。
やがて黒羽二重の正装を着た武士が現れた。
「原市之進に候」
腹底に響くような声で男が名乗る。
大隈と副島も負けじと名乗った。
「後藤象二郎殿とお知り合いか」
「はい」と答えて副島が経緯を説明する。
「だとすると、お二人が土佐藩の船に乗ったところ、後藤殿も偶然乗っていて、紹介状を書いてもらったというのですな」
原の顔に落胆の色が広がる。二人をいっぱしの志士と勘違いしていたのだ。
後からばれる嘘をついても仕方がない。大隈は開き直ったように切り出した。
「実は、われらは脱藩したばかりなのです」
原は「ほう」と答えて目を見開いたが、その顔には、「何だ、にわか志士か」という軽蔑の色があらわだった。
「経緯は分かりました。国事奔走お疲れ様です。それで此度は、何用で参られたのですか」
副島が大隈をちらりと見やる。ここからは弁舌の得意な大隈に任せたいのだ。
「実は——」
大隈は胸を張って言った。
「政の権を、朝廷にお返しいただきたいのです」
「はあ」と言って原が然とする。
「つまり幕府を店じまいし、天皇を頂点とする新たな政体を、一刻も早く築かねばなりません」
ようやく大隈の言っていることを理解した原が、不快感をあらわに言う。
「つまり貴殿らは、徳川家が関ケ原合戦で得た政の権を、誰とも戦わずに返上せよと仰せになるのか」
「まあ、そういうことになります」
原の顔が真っ赤になる。それに構わず大隈が続ける。
「今、日本国は未曾有の国難に見舞われようとしています。外夷どもは日本国をわがものにしようと、虎視眈々と狙っています。今のうちに新たな政治体制を築き、外夷に付け入る隙を与えぬようにせねばなりません」
原が身を乗り出すようにして問う。
「それが今の幕府の体制では、できないと仰せになるのか」
大隈がはっきりと言い切る。
「はい。できません」
原が怒りを抑えるように問う。
「なぜですか」
「すでに求心力を失っているからです」
傍らの副島が「これ」と注意するのを無視して、大隈が続ける。
「今、天下を束ねられるのは天子様以外におられません。今こそ天子様を中心にした挙国一致体制を築き、欧米の文物を取り入れ、いち早く富国強兵の道を歩んでいかねばならないのです。ここで幕府と薩長が干戈を交えたらどうなりますか。天下は大いに乱れ、国は真っ二つになります。外夷がそこに付け入ってくるのは、火を見るより明らかです」
大隈の見通しでは、もしも内戦が起これば、東西に分かれた両陣営が二年から三年は戦い続け、最後は和睦で決着するにしても、日本の国土の大半が、焼け野原になるというものだった。
原が腕組みしつつ答える。
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