壬生浪どす。かかわったらあかん」 |疾風怒濤(十二) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

十二


 慶応三年(一八六七)三月十八日、大坂港に着いた大隈と副島は、土佐藩の後藤に礼を言って船を下りた。別れ際、後藤は「無駄だとは思うが、せいぜいがんばれ」と激励とも揶揄ともつかない言葉で送り出してくれた。

 大坂港の雑踏は長崎とは比べ物にならなかったが、人をかき分けるようにして淀川の渡し場に達した二人は、川舟に乗って一路京都を目指した。

 大隈は見るもの聞くもの珍しく、周囲を見回してばかりいたが、すでに何度か京都に来たことのある副島は、思い詰めたように腕を組み瞑目していた。

 伏見で川舟を下りた二人は、寺田屋という船宿に投宿した。そこで、この一月にあった寺田屋騒動の顛末を聞いた。

 坂本龍馬が薩長両藩の仲介をしていたことは、すでに幕府にも知られており、かなりの数の隠密にも後をつけられていた。そのため寺田屋に入るや、すぐに大坂城にいる老中の知るところとなった。老中たちは坂本を泳がせておくのは百害あって一利なしと判断し、坂本の捕縛を命じる。

 一月二十三日午前二時頃、長府藩の三吉慎蔵と共に寺田屋にいた坂本を、伏見奉行所の捕方が襲撃する。坂本は持っていたピストルで一人を射殺すると、相手がひるんだ隙に三吉と共に脱出に成功した。

 この話を女中から聞いた大隈は正直、肝が縮んだ。

「副島さん、われらは、とんでもないところに来ちまったようですよ」

「そのようだな」

 副島は泰然自若としているように見えるが、その内心は動揺しているに違いない。

 女中が夜間に抜き打ちの人改めがあると言っていったので、大隈と副島は代わる代わる寝ることにした。いざとなったら、どこをどう逃げればよいかも女中に聞いておいた。おそらく坂本らの逃走経路と同じなのだろう。

 —入京は容易なことではないな。まあ、なるようにしかならんがな。

 ようやく空が白んできた。どうやら人改めはないようだ。

 大小を傍らに置いた副島が、手枕で鼾をかき始めた。薄明の中、大隈は「どうとでもなれ!」と思い、その場に大の字に寝転んだ。

 うつらうつらしていると、「朝餉ができました」と女中の声が聞こえた。

 宿に頼んで作ってもらった朝餉をかき込んだ二人は、寺田屋を後にした。ここからは陸路になる。桜で覆われた桃山を右手に見ながら、二人は京都を目指した。

 やがて東寺の五重塔が見えてきた。自然と胸が弾む。大隈にとって初めての京都である。

 二人は洛中に入るや、あらかじめ用意していた頭巾で顔を隠して進んだ。

 後藤に描いてもらった原市之進の屋敷の絵地図だけが頼りだ。それを手に「こっちだ」「いや、あっちです」とやり合いながら、二人が歩いていく。

 そんなことをやっているうちに、細長い町家が蝟集する地域に迷い込んでしまった。

「ここはどこだ」と副島が問う。

「聞いてきます」と答えた大隈は、「ごめんよ」と言いながら近くの店に入り、道を尋ねた。

 店の内儀におおよその道を聞き、外に出ようとすると、店の前をそろいの羽織を着た一団が通り過ぎていく。

「あれは何だい」と内儀に問うと、「壬生浪どす。かかわったらあかん」と答えた。

「壬生浪とは何だ」

「京都守護職はん御預の浪士隊どす。自分たちは新選組とか名乗っ取ります」

「つまり何をする集団だ」

「ああして歩き回り、不逞浪士を捕まえる物騒な集団どす。あんたはんは、そんなもんも知らへんのどすか」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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maito0405 龍馬ですらライフライン(隠れ家)用意していたのに・・・この二人ホントに猪だな(爆) 6ヶ月前 replyretweetfavorite