彼奴は土佐でも持て余しておる」 |疾風怒濤(十一) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

十一


 その数日後、大隈と副島は船上にあった。ちょうど土佐藩の小型帆船「朝日丸」が大坂に向かうというので、慶の伝手で乗り込ませてもらったのだ。

 二人は船には慣れているので、よほどのことがない限り、船酔いはしない。それで物珍しそうに歩き回っていると、もみあげを長く伸ばした大柄な武士から声を掛けられた。

「そなたらが佐賀藩士か」

「いかにも」と答えてそれぞれ名乗ると、その土佐藩士は横柄な態度で「後藤象二郎だ」と名乗った。

 二人がきょとんとしていると、「わしは土佐藩の執政を任じておる」と後藤が胸を張った。それで他藩士なら「ははあ」となるところだが、佐賀藩には役職に物怖じするという風潮がない。それでまだきょとんとしていると、後藤が不快そうに言った。

「此度の密航は許し難いことだ。しかもそなたらは脱藩したというではないか。さような者を船に乗せたとあっては、貴藩と弊藩の間に軋轢が生じる」

「ははあ、そういうものですか」と、とぼけたように大隈が応じたので、後藤が声を荒げた。

「当たり前だ。逆だったらどうだ。そなたらはわしを縛り上げ、弊藩の役人に突き出すだろう」

「でも貴藩の坂本大兄は、脱藩士にもかかわらず、どこの誰の船でも、自由に乗せてもらっているではありませんか」

 後藤の顔がひきつる。後藤は坂本のことをよく思っていないらしい。

「わしの知ったことか。彼奴は土佐でも持て余しておる」

「われらも佐賀では持て余されています」

 副島が大隈を見る。その視線には「そなたがそうでも、わしは違うぞ」と書かれていた。

「何でもいいから、船に乗せてやった礼くらい言うのが筋だろう」

「ご尤も」と言うや、大隈が礼を述べた。

「それでよい。ところで脱藩するのはよいが、どこの誰に会いに行く」

「それを申し上げねばなりませんか」

「ははあ、そなたらは佐幕派だな」

 副島が初めて口を挟む。

「佐幕派ではないが、そなたにそれを言う必要はない」

「船に乗せてもらって、随分と偉そうな言よう草だな。ここで海に落としてもよいのだぞ」

 大隈がちらりと海を見る。ちょうど玄界灘に差し掛かったところで、ひどく海は荒れている。

 —ここではまずいな。

 いかに泳ぎが得意な大隈でも、ここからでは陸にたどり着ける目算はない。

「副島さん、ここで落とされるのは、まずいかもしれませんよ」

「そんなことは分かっている。わしは泳げんしな」

 後藤がにやりとする。

「お望みなら瀬戸内海でもよいぞ」

「やれるもんならやってみろ!」

「何だと!」

 副島と後藤が取っ組み合いそうになったので、すかさず大隈が間に入った。

「副島さん、ここは任せて下さい」

 そう言って副島を背後に押しやると、大隈は後藤に一礼した。

「非礼は平にご容赦を」

「謝罪するならそれでよい。で、何をしに行く」

「ああ、そのことでしたね」

 大隈が「将軍家に会いにいく」と答えると、後藤が乱杭歯をき出しにして笑った。

「天下の将軍が、そなたらのような下賤の者に会うはずがあるまい」

「おい」と言って副島が身を乗り出そうとする。

「われらを馬鹿にするのか!」

「副島さん、任せて下さい」

 そう言って副島を再び背後に押しやると、大隈が問うた。

「では、将軍家の側用人にお会いしたいのですが、誰がよいでしょうか」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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