「だが、わしはもう四十一だ」
確かに副島は、志士活動をするには若くない。
「しかも脱藩となれば、切腹は免れても家名廃絶は免れ得ない。そんなことをすれば養家に迷惑が掛かる」
副島の場合、枝吉家の次男だったこともあり、男子のいない副島家に養子入りしたという経緯がある。しかも義理の両親は健在であり、妻も含めて副島の扶持と役料で食べている。
「そうでしたね。何も考えず脱藩などに誘ってしまい申し訳ありませんでした」
「そなたは脱藩できるのか。大隈家は扶持だけで百二十石だ。それを棒に振っても構わぬのか」
それを言われては、大隈も辛い。
だが大隈は、虚勢を張るように言った。
「それは私事にすぎません。私事は国事に比べれば微々たるものです」
だが母や妻、そして娘の熊子のことを思うと、大隈とて迷いはある。だが今を措いて、もう佐賀藩の存在感を主張する場はないと思われた。
「では、脱藩してどうする」
「まずはご老公のお墨付きを得ていると言って、将軍家に拝謁します」
「そなたは、そんな大それたことを考えていたのか」
副島が驚いて続ける。
「で、将軍家に会って何を話す。まさか、われらが御親兵として駆けつけますと申し上げるわけではあるまい」
「当然です。戦となれば薩長が勝つでしょう。今更幕府に付いたとて、何の利もありません」
「では、何と申し上げるのだ」
「大政を返上するよう勧めます」
「何だと——」
大政奉還は、土佐藩の後藤象二郎が慶喜に勧めたことになっている。だがその概念自体は、すでに義祭同盟の間で話し合われていた。つまり驚天動地の秘策ではなかったのだ。
これは徳川家が国家を統治する権利を朝廷に返上し、将軍の座から一諸侯の座に下り、あらためて徳川家が中心となって諸藩連合政権、いわゆる公儀政体を作ろうというもので、討幕の名目を失わせると同時に、新政府の中心に慶喜が座り続けることができるという画期的な策だった。
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