「薩摩はやるかもしれません」|疾風怒濤(九) 1

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。


「何奴だ!」

 閑叟の宿所に乗り付けると、篝を掲げた数人の武士が走り寄ってきた。

 閑叟は療養のため、柄崎温泉に滞在していた。そこに大隈たちは押し掛けたのだ。

 大隈は近くの枝に手綱を巻くと、平然と向き直った。大声で名乗ろうとしたが、走ってきた男たちの中に近習の広澤達之進を見つけたので、「よおっ」と声を掛けた。

 たちまち広澤の顔色が変わる。

「また、お前か」

「ああ、わしだ」

「今度は何だ」

 広澤が泣きそうな顔をする。

「ご老公に意見を申し上げに来た」

「何の意見だ」

「時勢に関することに決まっているだろう」

「だめだ、だめだ。先日も江藤さんが来て、たいへんな騒ぎだったからな」

「えっ、江藤さんは謹慎中にもかかわらず、押し掛けてきたのか」

「当たり前だ。あの人は命知らずだ」

 常の場合、蟄居謹慎中の者が外出すれば、一も二もなく切腹を申し付けられる。だが江藤という男は死を恐れていないのか、自分が死を賜るわけがないと自負しているのか、藩法など全く意に介さない。

「それでも、ご老公は江藤さんにお会いになられたのだろう」

 広澤が気まずそうな顔でうなずく。

「特別にお目通りが叶った」

「では、わしもだ」

「いや、だめだ」

「謹慎中の者を会わせて、謹慎中でない者を会わせないのは理屈に合わないだろう」

 そう言われると、広澤にも反論の余地はない。

「これを頼む」

 広澤に大小を預けて押し通ろうとすると、大隈の大小を抱えたまま広澤が行く手を阻んだ。

「ご老公はお疲れだ。明日にせい」

「だめだ。わしは待てても時は待ってくれぬ」

「妙な理屈を言うな」

 その時、背後の暗闇から声がしたので、警固の士たちに緊張が走る。

「大隈は速いな」

「奴はいち早く、最も上等な鞍を取ったので、尻が痛くなかったんですよ」

「しかも、自分が一番いい馬に乗りおって」

「普通は、年上に一番の馬を譲るべきです」

 副島と大木の二人が姿を現したので、広澤が困りきった顔をする。

「副島さんに大木さんもですか」

「ああ、そうだが」

 二人は馬を引いてやってくると、大隈同様、近くの枝に手綱を絡ませた。

 大隈が得意げに言う。

「やっと着きましたか。馬を駆けさせれば、いつもわしが一番ですな」

 大隈は馬術も小器用にこなす。

「あっ、これはご家老の馬ではないか」

 広澤が馬を見て驚く。

「ああ、そうだ」

 大隈が平然と返す。

「どうしてそなたらが—」

「危急の用だ。拝借してきた」

「えっ、盗んできたのか」

「人聞きの悪いことを言うな。危急の用と申しただろう」

「だからといって、馬を盗むのはまずいだろう」

 大隈と広澤のやりとりに痺れを切らした副島が言う。

「大木が大坂から戻った。上方の情勢をご老公にお話ししたい」

「いや、しかし—」

 広澤たちは顔を見合わせているので、大隈が口添えする。

「とにかくご意向を伺ってこい。さすれば必ず会うと仰せになる」

 それを聞いて尤もと思ったのか、広澤とうなずき合うと、一人が駆け出した。

 副島と大木は「すまぬな」と言いながら、広澤に大小を預けたので、広澤は三対の大小を抱える羽目になった。

 そのまま待合に向かおうとする三人の背後から、広澤が泣きそうな声で言う。

「大隈、わしが夜番の時はもう来るな」

「そなたが夜番かどうかまで知ったことか!」

 三人は高笑いしながら従者用の待合に入った。そこでしばし待っていると、閑叟が「湯につかりに来い」と言う。手巾を借りた三人は閑叟のいる湯屋へと案内されていった。



この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

コルク

この連載について

初回を読む
威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

riku_1sa_saeki すみません殿のアームストロングh・・ですべてが吹き飛んでいきました ← 8ヶ月前 replyretweetfavorite