会社にも彼氏にも未来が見えず……
サラリーマンのつまらなさをあざ笑うのが流行した時代がある。非正規雇用とかワーキングプアとか年越し派遣村とか、そういった言説が流行るちょっと前までは、むしろそういった物言いはかなり主流で、子供を擁護する教育学者などが「お父さんは帰ってきて上司の悪口、いい大学出ていい会社入る意味なんか見出せなくて当然でしょう」なんて息巻いていた。
リストラなんていう言葉が流行語になった時も、「いい大学出ていい会社に入って、我慢して歯車として働いていても、リストラされて悲惨」みたいな論調はとてもメジャーなものだった。
今となっては、いい大学出ていい会社に入って、なんていうのは理想的な響きを持つが、逆にいうとそういった時代につまらない会社員と対比して結構もてはやされていた自由業的なものの価値は、当然相対的に下がった。今時、サラリーマンになんかなりたくない、と中二病のようなことを言う大学生も滅多にいないし、これからは何が俺を支配するのだろうと尾崎豊的な絶望で社会に出る若者もあんまりいないんじゃないか。
それは健全なことである。サラリーマンがつまらないというのは超偏見で、基本的に日本の社会の重要な部分は官僚や銀行マンや商社マンや代理店マンが作っているわけだから、大きいことをするには企業に入るのが手っ取り早いし、下手すりゃ本当に社会を動かせる。そしてミクロに、それも労働者としての個人に焦点をあてても、少なくとも現時点でこの社会で生きやすいのは圧倒的に勤め人の方だと思う。
現代日本において社会的に信用されている状態というのは、収入が多いとか有名だとかいうことではなく、有名な企業に正社員として勤めていることだ。そして社会的に信用されていると、この世界はとても生きやすい。公的な手続き一つ取っても、会社員であることを基本的な前提として設計された世の中は、その標準的な状態にある人間にとって、やりやすくわかりやすくできているからだ。
そんな中で、フリーランスの道を選ぶというのはなかなかマゾヒスティックな行為で、よほど志が高いか、どうしてもなりたい職種があるか、会社員になれる素質に恵まれなかったか、でなければあまり選択しようと思う道ではない。もちろん、それでも選択するオンナで、この世はあふれているのだけど。
クラスで3番目くらいに可愛い子、なんていうアイドルグループのコンセプトを聞いた記憶もあるが、彼女はまさしく、その程度の、可愛いか可愛くないかといえば可愛いが、ものすごく可愛くはない見た目が、ちょうどいい感じ、と男に好かれる、そんなタイプだった。大学時代には、旅行サークルとは名ばかりの、飲み会と日常的なリクリエーションが主な活動である小規模なサークルに入り、その中で最もまとめ役が似合う二つ年上の先輩と、彼が卒業しても付き合っていた。そして結局、就職活動にイマイチ危機感を持って挑まなかったのも、彼との同棲生活を優先したせいだった。
「私、ちょうどリーマンショックの次の年の就活生で、銀行もマスコミもどこも採用絞ってて、今年就活してる子はアンラッキーだよねっていうムード漂ってて、前の年まで一番人気だった外資系の金融とかコンサルとか、それが逆転して不人気になって。サークルの先輩が一人、リーマンに内定してたから違約金付きで内定なくなって、結局卒業1年遅らせて微妙な欧州系の銀行入ったし。で、就職って大変だなって思って、最初に受けたとこ決まったからもうそれでいいやって思って。横浜の会社だったから引っ越さなくていいし」
彼女が就職を決めたのは、ネットサービス系の新興企業で、そもそも一度飲み会で一緒になった男性が受けるように誘ってくれた会社だった。形ばかりの面接を二回して、すんなり決まった会社で彼女に与えられた職種はSE、入って1ヶ月はみっちりデータ分析やプログラミングを勉強させられ、その後はとある大学のシステムの管理をすることになった。
いかにも楽しそうな仕事ではないものの、もともと上昇志向が強いとは言えない彼女にとっては「こんなもんかな」と思ってやり過ごせる程度の待遇だった。給料は多くはなかったが、すでに税理士の資格を取って働き出していた彼氏の住むマンションに転がり込む形で同棲していたため、可処分所得に不満があるほどではなかった。
手に職をつけフリーランスになったものの
ただ、学生時代にあれほど輝いてカッコよく見えた彼氏の、男としての限界値が見え出して、なんとなく光も消え、霞んで見え始めた頃、会社の先輩の生活を聞いて、一気に彼女のテンションは下がる。