日本でコミュ障とよばれる人が、海外で活躍できる理由

多くの仕事で重要視されているコミュニケーション能力ですが、日本で「コミュ障」と呼ばれた人がマレーシアに来て大活躍することがあるそう。どうやら日本で使われるコミュ力と海外でのコミュニケーション能力は別物であるケースがあるようです。

ダイヤモンド・プリンセス号の状況を告発した岩田健太郎先生の動画が話題になりました。

どうやら議論となっているのは、「コミュニケーション能力の高さとは何か」です。

「コミュニケーション能力がない」というツイートに対し、北九州市立大学教授のロッシェル・カップさんが「コミュニケーション能力はある」と反応されました。

もしかしたら、「コミュニケーション能力」の意味が、日本と海外では、少し違うかもしれません。

そもそも「告発」とは、内部とのコミュニケーションを諦めたときの手段です。
これは海外でも日本でも同じでしょう。

彼が動画でコミュニケーションした相手は「厚生省内部」でなく、日本中・世界中の人々ではないでしょうか。

ロッシェルさんが評価しているのは、外部とのコミュニケーション。日本の多くの人が問題にしているのは、組織内部のコミュニケーションなので、話が噛み合わないのかもしれません。

実は当時、マレーシアでも、日本のクルーズ船が連日トップ記事でした。米国ではこんな感じに報道されていて、世界中の人々が見守っていたのです。

私をはじめ多くの人が「一体、日本のクルーズ船では何が起きてるんだ? どうしてこうなっちゃうの?」と疑問に思っていました。

患者のいたクルーズ船を受け入れたのは日本だけではありません。
なのに、日本だけが取り上げられるのです。

その意味では、ロッシェルさんのいう通りで、この「コミュニケーション」は、世界の人々に船の内部で何が起きているのかを説明しました。

さて、日本では「コミュ障なんです」という方がマレーシアにきて、大活躍していることがあります。

逆に日本ではコミュニケーションに全く問題ない方が、マレーシアでは一切役に立たない、ってこともあります。以心伝心を期待するタイプの方は、けっこう大変です。

どうやら、日本での「コミュ力」と海外で言われる「コミュニケーション能力」って別物です。そして、これは英語力ともまた違うようです。どう違うのでしょうか?

日本で言われるコミュ力って、実ははっきりとした定義は調べてみてもわからない。
あえていえば、「会社で周囲の仲間とうまくやっていける能力」でしょうか。

ニコニコビデオに「コミュ障」の定義があります。

あくまでも、できないのは休み時間などに行われる、友人や知人たちとのどうでもいいけど実に楽しげな会話である。多くの人は、学校生活や仕事上でどうしても必要な会話、事務的な応対については、割と可能であったりもする。

一般的には「仲間内でワイワイ話す」みたいな能力で使われてるんでしょうね。
私も、日本では、それがコミュニーケーション能力だと思っていました。


海外に行くと日本人は全員コミュ障?

しかし、マレーシアでの「コミュニケーション能力」って「相手が誰であれ、自分が言いたいことを、感情的にならず、短い時間で、的確に伝えられる能力」なんですね。この「相手が誰であれ」って難しい。特に初対面の相手には顕著です。

その意味で言うと、日本人でコミュニケーション能力が高い人は、私を含めて大変少ないです。滞在歴が長いある方、「日本人は全員コミュ障だ!」って言ってます。

私がマレーシアの会社でマーケティングをやっていたとき、同僚はマレー人やインド人、華人、フィリピン人、バングラディッシュ人とさまざまでした。
しかし、コミュニケーション能力が高い人が多くて圧倒されました。

相手がどこの国の人だろうが、子供だろうが、ティーネイジャーだろうが、お年寄りだろうが、初対面の人にフレンドリーに接し、さっさと本題に入って自分の意見を(感情を入れずに)うまく伝える。

お客さんはたいてい英語ですが、何しろ多様性に溢れる国なので、世界中のいろんなお客さんがきます。
なかには中国語やマレー語しかわからない方もいる。すると三ヶ国語ができるマレーシア人たちは、さっと言葉をかえる。それぞれの人種によって、説得のポイントが違うこともわかってる。
お客様の宗教や相手の文化的背景に配慮することを熟知しています。

例えば、かなり敬虔なイスラムの国の方が来られた時は、「女性社員は彼と握手しないように」と言われました。男女を厳しく分ける文化のかたもいるので、配慮するように、と。

そんな彼らのスマートさをみていて感心するばかり。

マレー系の人たちからは「ゆっくりお茶を飲んで仲良くなってフレンドリーに話をするのが、マレーシア流です」と言われたこともあります。
多分、このコミュニケーションの流儀、ヨーロッパやアメリカなど、国によっても違うんでしょう。

ジムでも、「どんな人にも同じようにフレンドリーでありなさい」と教えられました。掃除の人に挨拶しない人がいるけれど、あれはよくない、と。


語学力が低くてもコミュニケーション能力が高い人

日本人の場合、日本語だったら伝えられるけど……って人もいるかもしれません。
ところが、世の中には、「英語力は低いけれど、コミュニケーション能力が高い」という人が実在します。

どなたかが、TEDのこんなビデオを紹介されてました。

マレーシアに長く住む英語教師が紹介する「英語力は低いけれど、コミュニケーション能力が高いマレーシア人」の例。実に数少ない単語で、相手が必要なものを(そっけないけど)わかりやすく当ててしまう店員さんが紹介されています。
よければ最後までみてみてください。
コミュニケーション能力が高いってニコニコと愛想がいいことじゃないんです。

一方で、こちらでコミュニケーション能力が低い人というのは、感情的になってしまって、自分の目的が達成できない人。
虚栄心が強くてつい自慢してしまったり、クレームをいうときに怒鳴ってしまったりすると、「感情のマネジメントができてないね」などと言われてたりします。


日本語って相手との距離を詰めにくい言葉である

とはいえ、日本語ってコミュニケーションをすぐに取りにくい言葉かもしれません。

街で突然知らない人に声をかけられても、とっさになんと反応していいのか困ることがあります。

「相手は何者なのか」
「その人が自分より偉いのか」
「自分より身分が低いのか」

によって言葉が変わる。

だから、「駐在の方ですか?」「学生さんですか?」など、無難な質問を重ねながら、「相手はどういう人だろう」と探る。頭の中では(この人年下かな、年上かな、どこの会社の人かな、もし偉い人だったらどうしよう……)みたいに、無意識に判断しているのかもしれません。最終的に、相手をどう呼ぶか、決めるわけです。

よく長いこと、日本語で話していて、こちらが年上だと分かった途端、「えー年上の方だったんですか。今までタメ語で話しててごめんなさい!」と言われる方がいます。

最近、Twitterでもフォロワー数によって言葉遣いを変えたり、相手をぞんざいに扱う人がいるってのが話題になったのですが、ある方が「フォロワーが少なくても偉い人はいますよ」と発言し、少々話題になったのですね。
これなんて、相手によって言葉をかえることを表しています。

実に日本的というか、日本語的だなぁ、と思うのでした。でも、これが、日本語の「面白さ」でもある。異文化を行き来するのは、やっぱり楽しいなと思うのでした。

それではまた。


Photo by Ross Parmly on Unsplash


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怒らない力—マレーシアで教わったこと

野本響子

編集者・ライターの野本響子さんがマレーシアで暮らし始めて感じたのは、日本にくらべて驚くほど寛容なマレーシアの社会。「迷惑は掛け合うのが当たり前」「怒る人ほど損をする」など、日本人の常識からしたら驚くことばかり。 この連載では、そんなマ...もっと読む

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okasam6 岩田先生のコミュニケーション力をめぐって。 https://t.co/LkCtT1g0gG 約1時間前 replyretweetfavorite

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ma_bous 📌𓃻 https://t.co/ufFPfzCcY0 約1時間前 replyretweetfavorite