母さんは、部屋で一人で死んでいて、いわゆる孤独死だった。
死んでから2日がたって、勤め先のママさんが発見してくれたらしい。
警察から僕宛に連絡があった。
母さんの葬式は、親族もほとんどいなかったので、親族席には僕と嫁だけが座っていた。
弔問客は、母の死を最初に発見してくれた勤め先のママさんと同僚、そしてお客さんくらいだった。
みんな、揃いも揃って70オーバーの老人ばかりだった。
「ほんとに、私らよりも先に死ぬなんて、ズルいよね」
老いた身で、同じような老人を見送る辛さをそれぞれ愚痴っていたが、その点、母さんはさっさと逝ってしまったわけで、残された老人たちの「母をズルい」という気持ちは理解できた。
葬儀は一通り、形どおりのことをやって終わった。
最後は火葬にして、骨だけになった母をみても、特に何も思わず、「人の一生ってずいぶんあっけないんだな」と言って、嫁に同意を求めると、嫁は「何言ってるの、あんまり罰当たりなこと言うと、お母さんが化けて出てくるわよ」といって、同意はしてくれなかった。
しかし、感じていることは同じなのかもしれない。
翌日、祖父母の眠る墓に、骨を納めると、一通りの後始末は終わった。嫁は仕事があるから、といって、その日のうちに北海道に戻り、僕は実家の整理をするために、東京に居残った。
もう、東京には誰も住まないのだから、家は売ってしまうつもりでいたが、売る前に家の中の物を処分する必要があった。
カチャリ。
久しぶりに僕は自分の鍵で実家の扉を開けた。
葬式が終わって、色々なものを片付けた後の実家は、ここに母が暮らしていたとは思えないほど、ガラリとした空間になっていた。
唯一、記憶の中と同じだったのは、2階の僕の部屋だ。 しかし、そこには祖父が趣味で作っていた箱庭が飾られていて、僕はこの祖父の形見の処分にも頭を悩ませることになった。
結局、母の形見と呼べるようなものは何もなく、冷蔵庫やテレビなど家電を売ってしまえば、あとは、祖父と僕のものだけで家の整理は終わるだろう。
僕は作業がひと段落した時に、コンビニにご飯でも買いに行こうと、家の外に出ることにした。
玄関を開けると、一人の老婦人が玄関の前に立っていた。
「あの、あなた、ユウカさんの息子のアキラさん?」
「あれ、もしかして、母さんが働いてた店のママさん?」
葬儀の時に来てくれていたので覚えていた。母の死体を最初に見つけてくれた人だ。
「ここはもう出ていくの?」
「どうしたんですか?」
「あの、私、ここに住んでいいかしら?」
突然の申し出に、僕は戸惑った。
「え? どうしてですか?」
「ユウカさんと約束したのよね、アノ人が死んだら、ここに住んでいいって」
「えー!! そんないいわけないじゃないですか。もう売ろうと思っているのに」
「でも、アノ人と約束したの。アノ人も変な人でね。まだ全然元気だった頃に、私は近々死ぬかもしれないからって。契約書も残ってるわ」
「え、ちょっと見せてください」
その老婦人が持ってきた3つ折りの紙を開くと、その紙には確かに母の筆跡で、この家を譲ると書いてあった。ご丁寧に捺印もしてあった。
「確かに母の筆跡ですけど、僕にも権利があるわけだから、納得できかねます」
老婦人は、それを聞くと、鞄の中からもう一通、封筒を取り出して僕に渡した。
「アノ人ね、私に家を譲るかわりに、これをあなたに渡して欲しいって。それが家を譲る条件だったの。だから、いま、あなたに渡したわけだから、条件はすべて完了よね」
「ちょ、ちょ、ちょ、それを聞いてたら受け取ってませんよ」
「いいから、とりあえず、それを開けて読んでみたら? 彼女があなた宛に書いた手紙みたいだから」
老婦人は、それを伝えると、「明日、また来る」といって、その場を去った。
僕は、コンビニに行くのをやめて、その手紙を家に持ち帰って読むことにした。
封筒の中には、紙が3枚入ってた。
**************************
前略 幕田揚さま
いま、あなたがこの手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にいないのでしょう。
あなたに手紙を渡した人は、渡瀬さんという人で、お店でずっとお世話になった人。おそらく私より長生きすると思ったので、彼女にこの手紙をたくしました(笑)
さて、何から話せばいいのでしょう。ちょっと迷いますね。
アキラから見た私は、どんな母親でしたか? きっと、あまりいい母親ではなかったかもしれませんね。
女手ひとつであなたを育てたといっても、あなたは勝手に育った感じかもしれないし、私もそんな苦労したつもりもないから、そんな類のことは書きません。
あなたなら、きっと、この先も上手く生きていけるだろうし、大丈夫だと思います。
ただ、私がアキラに伝えたいのは、あなたが生まれる前のことと、私に起こった人生の不思議な巡りあわせについて。
あなたが生まれる数年前、おそらく2018年くらいのこと、私は誰かと結婚したいと思って、必死に婚活というのをやっていました。
婚活と聞いてもわからないかもしれませんが、今の時代とは違って、結婚するのが当たり前と思われていた時代もあったのですよ。
その頃は、色んな男性と知り合って、大勢の男性とお付き合いをしていました。
私は自分の人生には結婚というパーツが絶対に必要で、そのパーツが揃わないと自分の人生は不完全なものになると信じ込んでいたのです。
時代の空気というものは恐ろしいものですね。いまはこうして結婚をしないでも、ちゃんと生きているのに、その頃は、こんな未来があったとしたら、恐ろしいもの、気が狂ってしまいそうなくらいに嫌だったのです。
私は傍目から見ても、ジタバタしてもがいて見苦しかったと思います。
成就しなかった恋は、運命じゃなかったと言い訳をし、途中で挫折してしまった恋はいくつもありました。
そんな時に、あらわれたのが”あなた”でした。
あなたが私にこう言ったのです。
「僕は母さんを助けに来たんだ。結婚できなかった母さんはものすごく悲惨だったんだよ」と。
あなたは、自分の”母親”の後半生を滔々と語り、自分は私の息子であり、タイムスリップして未来からやってきたと言いました。
こんなことを言うと、あなたは戸惑ってしまうかもしれませんね。
そうです。私も戸惑っています。だって未来は変わったのですから。
成長していくあなたの姿は、当時、出会った彼とどんどん姿かたちが似ていきました。
あなたが小学生になる頃には、「あの当時出会った幕田という名前の男の人」は、本当に未来の私の息子だったんだと確信しました。(当時は、酔狂な男性だと思い、半信半疑でした)
その時の私は実はこう思いました。
「結婚できないくらいで、悲惨な生活を送ってるって息子から思われてる私ってダサくない?」
あなたを産んで、夜の仕事を中心に送っている事自体、世間からみたらありがちなシングルマザーだったのかもしれません。
結婚を考えた男性も確かにいました。
でも、私は結婚することを選ばなかった。
未来から来たあなたの言葉が私の心の中に残っていたのです。
「結婚できなかった母さんは悲惨だった」
私はあなたも知ってるとおり、天邪鬼(あまのじゃく)な性格です(笑)
そんな風に言われたら、意地でも反発したくなる気持ちは理解してもらえると思います。
結婚をなぜしたいと熱望したのか? 私は自分に自問自答したことがあります。
でも、結局、自分の中に答えがなかった。
私は、楽をしたいわけでもなく、頼れる男性が欲しかったわけでもなく、経済的に助けてほしかったわけでもなく、自分の半分を分け与えてもよいと思える男性と出会いたかっただけです。
でも、その思いは、結局、あなたがいたから充分満たされていたと思います。
だから、私はこう考えたのです。結婚できなかったから「悲惨」と思われてたけど、その「悲惨」という部分は変えてやろうと。
たぶん、思うのだけど、人間の人生なんてものはあやふやなもので、私が右に進んで得られる人生と左に進んで得る人生はおそらく違います。
一瞬、一瞬が選択の瞬間で、どっちを選ぶかで私やあなたの人生はきっと変わってしまうのだと思います。
そう思ったのは、あなたが自分の就職の時に、「学校の先生」ではなく、「IT企業のサラリーマン」を選んだ時のこと。未来から来たあなたは「学校の先生」と名乗っていましたからね。
私は、あなたの勧めも振り切って、東京で一人暮らしを続けました。
それは、私が充分、この東京での一人暮らしに幸せを感じていたからです。
仕事もあって、頼れる人もいて、私は恵まれています。
でも、これって、別の見方があるのも知っています。
「あんな歳まで仕事して、人間関係に縛られて自由がなさそう、一人息子からも見捨てられて、なんだか可哀そう」そうやって、人が思うのも自由です。でも、私は1ミリも同意しません。
あなたから見て、私の人生は悲惨に見えましたか?
P.S. ここまで打ち明けたのだから、きっとあなたが過去にまたタイムスリップしてしまうことはないと思いますが、念のため。
あなたが過去に持ってきた写真は、燃やして捨てました。
<イラスト:ハセガワシオリ>
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。