大きなお友だち」が立派なダッドになるとき

いま、「おっさん」はどこへ行くべきなのか? 時代に合わせて生まれつつある「あたらしいおっさん=ニュー・ダッド」たちの姿を見つめながら、これからの「父性」「男性性」を軽やかに考えるエッセイ。久々の更新、お待たせしました。第8回は、娘と一緒にプリキュア映画を観に行って大号泣した、とある「大きなお友だち」のお話です。

イラスト:澁谷玲子

プリキュア映画で号泣する親友の話

大学のときから15年来になる親友のには5歳になる娘がいて、会うたび子育てのおもしろ話を聞かせてくれるのだけど、ここ最近のなかでぶっちぎりで笑ったのが、娘と観に行ったプリキュアの映画で号泣したというエピソードだった。それは、大の男が女児向けアニメに泣かされて……というギャップから来るおもしろではない。Uは、プリキュア・シリーズが始まったころからのファン—いわゆる「大きなお友だち」なのである。彼が号泣したのは、そのプリキュア愛がなせる業だったのだと僕は知っている。

Uはオタクである。いや、いま何をオタクとするかも難しいところだろうけど、少なくとも僕がオタクと聞いて真っ先に思い浮かぶのがこの友人だ。

そもそもはじめて会ったときから、Uは強烈に変わったヤツだった。大学入学後すぐに説明会か何かでたまたま近くになった、ひときわ目立つ金髪野郎がUだったのである。自分の殻に閉じこもっていた浪人時代を終えて少しは積極的になろうと思っていた僕は、「専門、何にするか決めた?」と当たり障りのない質問を金髪に投げかけてみたら、そいつは見た目からは想像つかない穏やかな口調で言った。

うん、能にしようと思ってるんだよね

の、能? お面をつけてゆっくり舞う、あの伝統芸能の能ですか?

能についてその程度の知識しかない僕は、「そ、そうなんや」と返すしかなかった。わざわざ文学部を選ぶ男子は変わり者が多いとは聞いていたけれど、一発目でこれを引き当てるとは……これは大変な大学生活になるぞと気を引き締めたことをよく覚えている。

けれど、気がつくと僕はUとどんどん親しくなっていった。ゲーテシェイクスピアをこよなく愛し、『カラマーゾフの兄弟』の「推しキャラ」について語りながら、ラノベアニメにものめりこむ。カラオケに行けば尾崎豊を陶酔的に歌い上げ、初音ミクの儚さに想いを寄せ、「萌え」という言葉が軽く使われるようになってしまったことを嘆く……。これほどの濃いキャラクターは、それまで僕の人生にはいなかったのである。

本やCDを貸し借りし、それらについて語り合った時間がやがて僕たちの友情の基盤となった。結局僕たちは同じゼミに所属することになり、僕は映画を、彼は当初の宣言通り能を専攻した。あとで聞いたところによると、入学当初金髪にしていたのは「都会でナメられないため」だったそうだ。なんだそれは。大学デビューが2周ぐらい回ってヘンなことになってしまったのだろうか……。

親しくなってわかったのは、Uはとにかく感じやすいたちだということだった。小説やマンガを読めば登場人物に感情移入し、その世界に入りこむ。コントロールできないほど涙を流すこともよくあった。一方で、世間で起きていることに対する興味はほとんどなく、とくにスポーツの類は何も知らないと言っていい。東京オリンピック開催が決まった翌年ぐらいだったと思うけれど、僕がオリンピックについて言及したら「え、東京オリンピックってもう終わったよね?」と返されて全身から力が抜けたこともある。常識なんてのは、彼にとって少しも価値がないものだった。フィクションのなかこそが、Uの息ができる場所だった

ふたりの共通言語

僕がゲイであることをUにカミングアウトしたのは、終電を逃したのか何だったのか忘れてしまったけれど、とにかくオールナイトでカラオケにふたりで行ったときのことだ。歌う曲が尽きてしまって、「そういえば、Uには話しておこうと思うんやけど」と、できるだけ何でもないことといった感じで切り出した。Uは騒ぎ立てるのでもなく、かと言って軽く流すのでもなく、真剣に僕の話を聞いてくれた。

これは説明するのが少し難しい感覚なのだけれど、僕がUにカミングアウトしたのは、僕のことを理解してほしいという以上に、普段Uと語り合っている小説やマンガや映画についての見方をもっとクリアにしたいと思ったからだ。なぜなら、ある特定の物語や作品において、僕が思い入れている理由には少なからず自分のセクシュアリティが関係していると思っていて、そこをはっきりさせないとUとは本当に深いところで語り合えないと感じたのである。僕がUに嘘をつきたくなかったのは、恋バナをするときよりも、フィクションに向き合うときの姿勢においてだった。

これは僕の想像でしかないのだけれど、実際、Uは僕のセクシュアリティやそれゆえのものの感じ方なんかを、僕がフィクションについて話す内容を通して理解してくれているように感じるときがある。それがいつだって、僕たちの共通言語だったのだから。

繊細なオタク、家庭を持つ

そんなこともあって大学生活も終わりに近づくころには、様々な部分でお互いのことを理解していたと思うのだけれど、僕はひそかにUの過度の感じやすさや社会性のなさを心配していた。「あんなオタクが社会でやっていけるのだろうか……」とソワソワしていた。親友とはいえ失礼な話だ。だけど、親友だからこそ気にしてしまうこともある。

とくによく覚えているのが、就職先の人事から「いちおう車の免許は取っておいてくれ」と指示されたのに、教習所の教官に厳しく指導されるのがツラくて足が遠のいてしまい、結局免許を取れなかったという話だ。僕も免許は持っていないが、自分のことは棚に上げて、思わず「だ、だいじょうぶ?」と言ってしまった。男がマニュアルで免許を取らないとバカにされるような風潮はまだまだある。Uはそんな見栄を張るタイプではないが、だからこそ、自分がツラいことには耐えられなかったのだ。結局、免許の件はうやむやになり、とりあえず免許なしでも就職できたようだった。けれど、実際に働く前からそんなことでだいじょうぶなのだろうか……と思わなかったと言えば嘘になる。

その後、僕はフリーターになり、Uはまじめに勤め人をやりながら、仕事がいやだ仕事がいやだと繰り返していた。どっちが立派な社会人なんだと言われたら、明らかにUのほうだろう。けれど、それがUに合っているのか僕はわからなかった。そんなにつらいのに、固い職場で働かなくてはならないのだろうか、と。

だけどUには、自分が食べるため以外にもまじめに働く理由があった。学生時代から長く付き合っていたオタクの彼女とそのまま結婚し、家庭を持ったのだ。そして娘が生まれた。Uは父になった。

そのときの本人の気持ちは僕にはわかりようがないけれど、逆に言えば、そのことを聞いたときの僕の感慨もひとにはうまく説明できない。あの、社会性がなくフィクションに埋没していた(いまもしている)友人が、一方で「父」であるということを、どんな風に結びつけていいのか……、いまもどこか不思議な感覚がする。

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ニュー・ダッド あたらしい時代のあたらしいおっさん

木津毅

「おっさん=悪いもの、古いもの、いまの社会の悪しき土台を作ったもの」とされている今日この頃。ではいま、「おっさん」はどこへ行くべきなのか? 時代に合わせて生まれつつある「あたらしいおっさん=ニュー・ダッド」たちの姿を見つめながら、これ...もっと読む

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コメント

Kiriu00 #SmartNews この記事は好きよ。 https://t.co/WcBHX09jRM 8ヶ月前 replyretweetfavorite

betweendice ここに出てくる木津氏の友人って、ジャンルも熱量も違うけど、私と方向性が似てる気がする。というか大なり小なり、当てはまる人多いのでは。 https://t.co/Qsa17C0QxQ 8ヶ月前 replyretweetfavorite

mogurikappo いい記事だった。 https://t.co/9Pqflws3jx 8ヶ月前 replyretweetfavorite

mary_cororn この著者の方の目線が優しくて、なんか安心して読めた。 8ヶ月前 replyretweetfavorite