この連載が書籍化されます
『なんで僕に聞くんだろう。』(幻冬舎)、2月6日発売です。ぜひ連載とあわせてお読みください。
※幡野広志さんへ相談を募集しています。専用フォーム(匿名可)からご応募ください。
私は理系大学院の修士1年です。就職活動をしているのですが、自分のやりたいこと、ものの見つけ方がわかりません。
自己分析をしたのですが、私の価値基準は全て他人に任せているということがわかりました。要するに、自分で何かを決めたことがない、やりたいものがないといった状況です。
今までの人生を振り返ってみても、自分の意志でこれをやりたいと決めたことはひとつもないように思います。
今の大学も、私は地元の国公立でいいかなと思っていたのですが、高校の担任に「受けてみたら?受かる確率は低いし、宝くじみたいなもんだから」と言われ、今の大学のAO入試を受けました。
結果、受かってしまい、自分の学力よりもだいぶいいところに進学させてもらいました。浪人してでも志望する大学に入りたいと頑張ってる人もいるのに、こんな志望動機もあまりない私みたいな人間が受かってもいいのかなと悩んだことを覚えています。
小学4年から大学4年まで続けたスポーツも、親から「運動部に入ったほうがいいよ」と言われて、父がやっていた競技にしました。
父の職場には部活があり、小さい頃から試合を見に行って身近だったのと、たぶんその競技をやったら父が喜んでくれるだろうと考えたのだと思います。
辛いときもあり、競技をやりたくないなあと考えたこともあったのですが、そう思った時には私のコミュニティがその競技関連のものしか残っていなかったこと、辞める勇気がなかったこと、親に「何かひとつのことを続けるというのはとても大事なことだよ」と教えられたこと、さまざまな理由があってダラダラと十数年続けました。
主将を任せていただいたこともあったのですが、特になにか結果を残せたわけでもないので、あまりいい思い出はありません。
本当に受動的で、ただ続けることに一生懸命で、考えて行動する力がないのだと思います。意思決定をした経験もなければ、それによる成功経験もないので、基本的に自分に自信がありません。
まわりの人が良いと言うか悪いと言うかという判断基準でここまできてしまったので、自分自身の判断基準というものが存在しません。やりたい・やりたくない、好き・嫌いの価値基準も自分はあまりよくわかってないのではないかと思います。
本当に友達や先輩がどうやってそういうのを決めているのかが分かりません。「あなたは何をしたいの?」と聞かれても「どうやって決めたらいいのかわからない、何かをしたいってなに??」というかんじです。
就活セミナーのようなもので、「あなたは自分をまわりと比べすぎだ、もっと自分自身に目を向けて」と言われたのですが、目を向けても自分には意志が何もない、全てをなんとなくこなしてきただけで考えて行動したことは何もない、というダメなところしか見えてこないため気持ちが暗くなってしまいます。
いい加減このようなウジウジ思考を辞めないと、就活も迫ってきているし、と考え、ズバッと回答してくださる幡野さんに喝を入れてほしいと思い、相談させていただこうと思いました。よろしくお願いします。
(匿名希望 23歳 女性)
喝をいれるのって嫌いなんですよ。喝の意味って知ってます?「大きな声で叱ること、おどすこと。」だそうです。ぼくもいま知りました。
叱るときは小さな声でいいし、おどす必要もないよね。委縮するだけじゃん。だいたい大きな声で叱ってたら、それは叱りではなく、怒りとして受け取られるよね。
人生相談で「喝を入れてほしい」というのはただのリクエストです。それはぼくの感情のコントロールでしかありません、めんどうくさいです。
ぼくはいつも正直に感じたことを書いているだけだけど、もしもぼくが誰かに喝を入れていると感じたのであれば、あなたの人生経験がそう感じさせるいるんでしょう。あなた自身が喝を入れられてきて、感情のコントロールをされてきた結果だとおもいます。
さいきん、『AERA dot.』で「ほがらか人生相談」を連載している鴻上尚史さんとお会いしたんです*。鴻上さんもぼくもたくさんの人生相談に目を通しています、そこで悩む人の特徴の話になったんですが、結論をいうと思考力が弱いことなんです。
* お二人の対談を近日公開予定です。
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