検索の想像力【後編】

後編は、チェルノブイリをリサーチする際に出くわした目から鱗の体験について。そこで検索の質を決めるのは、他人の思考についての想像力だということにたどり着きます。
広大なネット空間から無限の情報を引き出せる時代、私たちはどのように「うまく生きていく=検索をかける」べきなのか。縦横無尽に活躍を続ける評論家・東浩紀さんによる連載放談、第3回は星星峡(幻冬舎)2013年2月号掲載分です。
第6回から最新回までを更新している、【第2期】も併せてお楽しみください。

「安定期」の生き残りかた

 ゼロ年代は幸せな時代だったと思います。政治的な停滞を利用して、若い連中が好き勝手なことを言えていた。ぼく自身の二〇〇一年の『動物化するポストモダン』が代表例ですが、サブカルチャーに仮託して社会の分析やその変革を目指す運動がじつに盛んだった。しかし安定期に入ると、そういう戦略は力を失ってしまう。

 いい悪いは別にして、大人たちは若者たちの文化なんて相手にしない、というのが当たり前と言えば当たり前です。日本は震災以降、急速にその当たり前の状態に戻りつつある。どんな国、どんな社会でも、ハイカルチャーとサブカルチャーは分かれるし、教養の有無と財産や社会的地位は結びつく。権力者と庶民は分かれているし、金持ちと貧乏人は分かれているし、起業家と革命家は分かれている。けれどゼロ年代の混乱期にはすべてがシャッフルされ、みながフラットに見えていた。しかしその幸せな時代は終わり、いまは「わかりやすい立場」を求められている。

 ──と偉そうに言っていますが、ぼくもじつはこの変化にはっきり気づいたのはごく最近のことです。ゲンロンは年一回『思想地図β』という大型の思想書を刊行しているのですが、二〇一二年の『日本2・0』(ゲンロン)は予想より売れ行きが伸びなかった。

日本2.0 思想地図β vol.3
日本2.0 思想地図β vol.3

 なぜか。率直に言えば、これはぼく自身が社会の変化をつかめていなかったんだと思います。経営者として失敗です。『日本2・0』は、編集者としては満足のいく書籍です。いかにも「ゼロ年代的」で、政治からサブカルチャーまでいろいろなものをごちゃごちゃと集めている。カオティックな目次構成を採っていて、そのエネルギーを読者に直接ぶつけるような構成になっている。つい二、三年前は、こういうのをおもしろがってもらえたし、こういう本を作りたかった。

 けれども現実は先を行っていた。数だけの問題ではありません。『日本2・0』は売れ行きのわりにはマスコミでは高い評価を受け、さまざまな取材を受けましたが、そこでも目次の多様性に触れる質問はほとんどない。取材の多くは、メイン企画である「新日本国憲法ゲンロン草案」に関するものばかり。つまり、読者は目次の多様性を受け入れる余裕がないんです。サブカルチャーが政治に繋がるかも、という遊びの想像力がなくなっている。「この本はこれがテーマで、こういう読者に向けて作っています」というメッセージが明確なものでないと、読まれなくなっている。

 これは個人的には残念なことです。でも、繰り返しますが、生き残るにはそれに対応するしかない。そういったこともあって、今年の『思想地図β』は、メイン企画の「福島第一原発観光地化計画」に集中するつもりです。同時代の言論人として、文化方向から「フクシマ」の未来を考えてみました、というわかりやすいストーリーをしっかり作っていく。

「Чернобыль」と検索できるか?

 時評が長くなってしまいました。

 連載の本筋に戻りますと、最近も「検索」について考えさせられる出来事がありました。これも年末ですが、ソクーロフ監督の『ソルジェニーツィンとの対話』というドキュメンタリー映画があって、そのアフタートークにゲストとして招かれたんですね。いまのぼくからは想像しにくいかもしれませんが、ぼくが批評家としてデビューした最初の作品は「ソルジェニーツィン試論」という題名で、ソ連の反体制作家を主題とした文章だったんです。いまとなっては錆びついてしまいましたが、大学ではロシア語も勉強していたんですよ。

 そんな縁でアフタートークに登壇することになり、ロシア文学や演劇を研究されている上田洋子氏と面識を得ました。イベント後に食事をする機会があり、「福島第一原発観光地化計画」なるプロジェクトでチェルノブイリの現地取材に行きたいのだが、と相談してみました。するとリサーチや通訳を請けおってくださるというんです。

 さっそく弊社での会議にお呼びしました。それが目から鱗の体験で、というのも、それまで、ぼくたちもチェルノブイリについてそれなりにいろいろと調べてはいたのですね。しかし、日本語と英語だけでは「チェルノブイリへの観光客数の推移」といった基礎的な情報ですらなかなか手に入らない。ところが会議で上田さんに尋ねてみると、目のまえですぐ検索をかけて、「ロシア語のウィキペディアに載ってます」というわけです(笑)。なんと、ウィキペディアですよ! 一事が万事その調子で、その小一時間ほどの会議で、それまでの二ヶ月弊社スタッフが集めた情報の何倍もの情報が手に入ってしまった。

 これは衝撃でした。この連載のテーマでもあるのですが、検索はそもそも、情報を探す側が検索ワードを入力しなくては機能しません。そしてそこに大きな限界がある。そのことをあらためて思い知らされました。

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検索ワードをさがす旅【第1期】

東浩紀

検索すればあらゆることがわかる時代。日々たくさんの情報に埋もれているけれど、果たして本当に欲しい情報はなんなのか。その検索ワードはどこから思いついたのか。テーマはズバリ、「若者よ、スマホを持って旅へ出よ」。ただし、自分や目的を探すので...もっと読む

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