6歳未満の子供を家族として引き取る制度が「特別養子縁組」。

三度の流産の経験から、もう自分は子供を持てないのではないかと悩む34歳の葵。だが、同じ経験を持つ女性から聞いたのは、考えてもいなかった選択肢だった──。
 妊娠と出産にまつわる切実な想いを描いた7編の短編集『産まなくても、産めなくても』から「五つめの季節」を特別公開。

「六歳未満の子供を、戸籍上も自分たちの家族として引き取る制度が特別養子縁組。ほら、昔の日本にはよく家や名前を途絶えさせないために養子をもらう、とかあったでしょう。あれが普通養子縁組。カフェ・イルカでは、特別養子縁組についても勉強していこうと思っているの」

「普通とか特別っていわれても……」

「そういうものもあるって知っておくのはいいんじゃない。選択肢が残っていると思えば、気が楽になるでしょう。特別養子縁組にはたいてい里親の年齢制限があるのよ」

「えっ。何歳までじゃないとダメなんですか?」

「だいたい四十とか四十五ぐらいかな」

「だいたいって……」

「法律で決められているわけではないの。コーディネーターさんや自治体が自主的に定めているものなのよ。私が知っているコーディネーターさんは、両親揃って四十歳で区切りにしている。だって、仮に五十歳で子供を引き取ったとしたら、その子が成人する時は七十歳でしょう。定年の年齢が上がっているとはいえ、経済的にも体力的にも、負担になってしまう」

 養子縁組という発想に驚いた上に、それさえもタイム・リミットがあると聞いてさらに驚き、そして、あせった。三十四歳という年齢、三度の流産、自分の可能性はあとどれぐらい残されているのだろうか。

 帰りの電車の中で、スマホで「特別養子縁組」を検索する。検索候補の二番目は「後悔」だった。血のつながらない子供を養子に迎えて後悔した体験談が出てくるのかと思ったら、ほとんどが我が子を養子に出してしまった産みの親の書き込みだった。自分の立場でしか想像しなかったことが恥ずかしい。

 家に帰ってから、パソコンで検索しなおしてみる。あまりパソコンを触らない葵がずっとパソコンの前にいるので、正道は不思議がった。

「何、調べてんの?」

「ん……。特別養子縁組」

「まさか、うちの話?」

「わかんないけど。そういう可能性もなくはないんだなって」

「葵、気は確かなの? そんなのありえないよ」

 正道は途方に暮れたようだった。その気持ちはわかる。葵だって、養子をもらおうと決めたわけではない。ただ、どんなものなのか、知りたいだけだ。知った上で、選択しないことを決めたい。

 養子縁組という言葉をきいてから、ふとした時に子供のいる生活を思い描いてしまう。その光景は日に日に具体的に、そして眩しいものとなっていくのだった。

 美由子にコーディネーターの富樫薫の連絡先を聞いてある。正道には内緒で事務所にいってみることにした。会社の帰りに電車を乗り継ぎ、一時間かけて事務所に着いた。肝っ玉かあさんみたいな中年女性を想像していたが、現れたのは、すらりとした年齢不詳のきれいな人だった。

「養子縁組を希望されているんですか?」

「希望というか……、わざわざお時間をとっていただいているのになんですが、まだ決意できていません。どんな感じなのか、お話を伺えたら、と思いまして」

「そうですか。それなら、もうしわけないんですが、お帰りください」

「え?」

「血のつながらない子供を迎え入れるのは、軽い気持ちでできることではないですから。子供の立場にたってみたら、そういう方々にお任せはできません」

「はあ、おっしゃる通りですね……」

 滞在時間三分。葵は事務所を後にした。駅までの道のりは行きよりも遠い気がした。自分は何をしにきたのだろう。そんなに子供が欲しいのか? 駅に着いてホームのベンチに腰掛けた。乗るはずの電車が何本も通り過ぎていく。三十分ほどそうしていて、葵は再び駅の改札を出て、来た道を走って戻った。まだ事務所に明かりはついていた。中からコートを着てトートバッグをさげた薫が出てきた。

「何か、忘れ物ですか?」

「忘れ物ではなくて……。どうしても、お話を伺いたくて。私が中途半端な気持ちで来てしまったことはあやまります。あなたが、子供の立場にたつというのもよくわかります。でも、血のつながらない子供を家族にすることの重さがわかるからこそ、私たちだって迷うし、とまどいます。それはわかっていただけませんか?」

 薫は腕組みをしたまま、葵を見ていた。この人間が誠実かどうかを見極めようとしているように思えた。返事の代わりに、ドアに手をかけた。部屋の右側についたてがあり、その奥に促された。

 葵は、三度の流産を経験していることを話し、それでも我が子が欲しい気持ちがあると話した。

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産まなくても、産めなくても

甘糟りり子

妊娠、出産、育児、家事……全くもって女性の人生は大変だ。女であるというだけで「あたりまえ」にできることが要求されるのだから。そして仕事をしたければ、その「あたりまえ」でさえ手放さなければならない。女性は、果たして「産む」だけの機械なの...もっと読む

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