乗り合い代理店を取り巻く“近現代史”

今こそ振り返る!
保険業法改正に至った経緯とその後

※ 『週刊ダイヤモンド』2019年6月15日号より転載(肩書・数値などは掲載当時)


Photo:DW

 今や、そこかしこにあるのが当たり前となった来店型保険ショップ。だが、歴史はそう古いものではない。

 ソニー生命保険の営業マン、ライフプランナーだった今野則夫氏が、ほけんの窓口グループの前身であるライフプラザホールディングスを立ち上げたのは、1995年のこと。その後、2000年に横浜市都筑区にある港北ニュータウンに、来店型保険ショップの第1号店をオープンした。

 当時をよく知る生命保険会社や損害保険会社の幹部たちは、こう述懐する。

 「オープン当時は、鼻で笑っていました。保険はこちらから売りに行くものであり、お客さんの方から買いに来るなんてつゆほども考えたことがなかったからです」

 そうした思い込みが完全な誤りであったことは、その後の歴史が明確に証明している。

 その後、ライフプラザは破竹の勢いで店舗網を拡大し、06年に50店舗になったことを契機に「ほけんの窓口」ブランドでショップを展開。大量の広告・宣伝費を投下し、瞬く間に数百店舗に拡大した窓口は、有名芸能人を招いての盛大な決起大会を敢行しては、生保や損保の幹部たちや募集人たちと盛大なうたげを開催した。

 好事魔多し。まさにわが世の春を謳歌していた今野氏は、ある会合で「ほけんの窓口は、いずれ日本生命を抜きます」と発言。この一言が、生保業界のガリバー、日生の怒りを買い、果ては金融当局の関心を引くことになったとみる向きは少なくない。

 実際、その後、今野氏は天国から地獄に真っ逆さまに落ちていくことになる。某損保系生保の部長の勧めに従って複数の不動産を購入した今野氏は、いつしか消費税の不正還付に手を染めてしまう。それをスクープしたのが、本誌13年2月23日号だ。

 これ以降、数十社の保険会社と乗り合い、顧客に最適な保険商品を「中立公正」に選ぶという保険ショップのうたい文句に対し、疑惑の目が向けられるようになる。

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週刊ダイヤモンド 2019年6/15号 [雑誌]

ダイヤモンド社,週刊ダイヤモンド編集部
ダイヤモンド社; 週刊版
2019-06-10

この連載について

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保険 どうなる節税どうする見直し

週刊ダイヤモンド

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