おひとりさまの医療費と生命保険

おひとり様だからこそ、老後のために手厚い医療保険に入りたい。そう思ってしまいがちですが、経済評論家の佐藤治彦さんは「75歳でも入れる、病歴があっても入れるというような『お守り保険』に入るのは考えもの」と言います。保険に入る前に知っておきたいこととは……?

葬式代くらいは……手軽な保険の落とし穴

 テレビやラジオ、新聞などの広告に生命保険会社のこんなものがある。

 75歳でも入れる保険。
 病歴があっても入れる保険。  
 生涯掛け金が変わらない生命保険。   
 65歳でも月々3000円の保険。   
 周りに迷惑をかけたくないから、お葬式の費用くらいは残せる保険。

 テレビのコマーシャルでは、シニアのタレントが嬉しそうに語りかける。  
 この歳でも入れる保険があるなんて嬉しいね。  
 毎月3000円なら払える。  
 しかも、掛け捨てじゃないなんて。

 これらの保険商品のことを私は「お守り保険」と呼んでいる。  

 人というものは保険に入っていることで何となくの不安を拭えるものだからだ。  
 これで、私は保険に入っているから一安心だと思う。いざという時のために準備をしている。というわけだ。  
 これらの保険の多くは、そういう安心の気持ちになるお守りのようなものかもしれないが、その保証内容を調べると、病気になったときに手厚く保護してくれたり、死亡した時に多くの金額が出る保険商品ではない。

 当たり前である。  
 シニアになれば誰でも病気になる。死ぬ人も増える。  
 それなのに安い掛け金で保険加入者に経済的に手厚くケアができるわけがない。  
 死亡した時に、200万円の保険金が払われるものも、1億円の保険料が出るものも、同じ「死亡保険」という名称だが、経済的効果はまったく違う。  
 保険は入れることが大切なのではなく、きちんと保険金が払われるかどうかが大切なはずなのに、多くの人が保険に入ったことで安心してしまうのだ。  
 いざという時よりも、普段生活している時に安心できる保険だから、私はこれらを「お守り保険」と言っている。

お守り保険の支払い条件は想像以上に厳しい

 医療費用を手厚く確保しようと思ったら、貯蓄をする。もしくは、高額な掛け金=保険料を毎月払って医療保険に入るしかない。  
 入れるけれど、ほとんどお金はもらえない、つまり、あまり経済的な恩恵はないとも言える「お守り保険」で得られる心の平安のために毎月3000円払うのは高いのか、安いのか。  
 特に注意が必要なのは、さまざまな保険の情報がごっちゃになってしまって、自分に都合のいいように保険商品をイメージしてしまっていることが多いからだ。

 月に3000円の掛け金だとしても、65歳から84歳まで20年間も払えば、年間3万6000円だから72万円になる。決して少ない額ではない。
 払う価値がある補償内容なのか十分に検討していただきたい。その時に注意してほしいのは支払い条件だ。  
 入ったほうが絶対お得な保険などはないと思ったほうがいい。

 一般的に、シニア向けで安い保険料で簡単に入れる保険は、死んだあとの葬式の費用くらいは残したいと思って入るのだろうが、実は支払いに条件がつくことが多い。  
 医療保険では入院給付金の金額が少なかったり、支払い条件が厳しかったりする。  
 これで安心だと思っていたら、お金を払う段階ではいろいろと条件がつくのだ。  
 例えば、毎月少ない費用で葬儀代が準備できると思って入ったら、今年死んだ場合にのみ支払われると条件がついたりする。  
 例えば、掛け金が低くて人気のある保険会社の葬儀費用300万円を用意する保険の場合、男性で現在75歳の人が加入すると月々の支払いは1万8600円。年間22万3000円。  
 え!?、3000円くらいじゃないの?と驚く人もいるだろう。これも数年ごとに掛け金が大幅に上がっていく。80歳になれば毎月3万2000円ほどになる。年間38万円だ。  
 そして、途中で払うのが大変だとやめてしまうと、今まで払ったものは一切戻ってこない仕組みなのだ。  
 10年間入ったとすると、すでにもらえる300万円の保険金以上の掛け金を払っている。だからといって途中で払うのを辞めてしまうと今まで払ったお金は1円も返ってこない。
 私は80代にもなって、たった300万円の保険金をもらうために、毎年38万円も払うのは嫌だ。  
 若い時に入るものなら入院120日以上でも支払われる医療保険が、入院30日までとなっている場合もある。また、ケガの場合は支給されるが、病気の場合は支給されない保険もある。  
 若い時に入るしっかりとした補償を受けられる医療保険なら、先ほども申し上げたように掛け金は高額となるのが通例だ。  
 シニアでも低額の掛け金で、しっかりとした保険金が降りるような、一言で言えば、入ったほうが絶対におトクな保険商品などはないと考えておく方が無難なのだ。  
 世の中そんなに甘くない。  

高齢者向けの公的健康保険が実は安い

 いざという時のために民間の医療保険に入っておかなくちゃと焦る気持ちはわかるのだが、自分の場合は、民間の生命保険に入る価値があるものなのか、支払い続けられる保険なのか。じっくり検討してもらいたい。  
 もしも、医療費のことが心配なら、民間の「お守り保険」に入るかどうかの検討をする前に、高齢者向けの公的な健康保険制度はどうなっているかを知ってもらいたい。  
 知ることによってどのくらいの負担があるものか、おおよそ見当がつくからだ。  
 そして、今後はその制度がどうなっていくかもきちんと見守ってもいきたい。  
 そう申し上げると、国の制度なんかあてにできないものでしょう?という人がいる。どんどん負担も増えるのでしょうし、と諦めたようなことを言う人もいる。  
 そう言う人に限って、制度をまったく知らないのだ。

 現在の高齢者向けの医療保険制度についてもう少し見てみよう。  
 75歳以上の高齢者向けのものはこうだ。  
 窓口負担は1割、ただし、そこそこ収入のある一般世帯でも外来は毎月1万8000円までの上限がある。外来と入院の両方では世帯ごとで月5万7600円、これも4か月目からは4万4000円となる。  
 さらに注目なのは、住民税非課税世帯に対するものだ。

住民税非課税世帯なら医療費の月額は2万4600円まででいい 

 おひとり様なので扶養親族のいない場合を紹介すると、外来で窓口負担の月の上限は8000円、外来と入院の両方で月2万4600円とぐっと低くなる。
 1か月の負担の上限がこれだけ低いと医療費の心配も減るはずだ。  
 だから、住民税非課税なシニアであるかどうかは、とても重要だ。

 高齢のおひとりさまで、住民税非課税世帯とはどういう収入がある場合だろうか?  
 住民税は、35万円以上の所得がある人が所得に応じて払う所得割と、各地方団体が決めた所得以上の人が払う均等割の2本立てになっている。  
 たとえば、東京23区の場合は、この均等割も所得35万円となっている。  
 年金収入は、ほとんどの人が該当する330万円以下の場合は、120万円が控除額となる。  
 わかりやすくいうと、年金の収入だけなら120+35=155万円までは、所得なしと計算される。これで、東京23区なら、所得割も均等割も払う必要のない住民税非課税となる。

 つまり、年155万円だから、年金収入がおおよそ月12万9000円までであれば、いざという時の医療費の上限がぐっと低くなる。さらに、毎月負担しなくてはならない健康保険料や介護保険料の負担もずっと安くなることも付け加えておきたい。  
 そして、現時点では厚生年金を受け取っている人の平均受給額は14万5000円ほど。となると、12万9000円以下の人もかなり多いはずだ。
 もう一度申し上げるが、月額12万9000円以下の人は住民税非課税となり、医療費の自己負担の上限が低いのだ。  
 入院をしても毎月の上限が約2万5000円。この医療費のために、医療保険は果たしてどれだけ必要だろうか?

 もちろん健康保険のきかない治療も受けようと思えば、この毎月の限度額以上にお金はかかるのだが、まずはこの金額で乗り切れることをベースにおいて考えておきたい。  
 もちろんこの金額のまま20年後も同じだという保証はないだろう。しかし、こうしたものは、一度に大きく変わることはあまりない。少しづつ変わっていく。
 だからこそ、今のうちに知っておき変化を見守っておけば、今後の変化に対しての理解も準備も簡単に済むものだ。

保険として払ったお金は保険でしか戻ってこない

 保険というものは金融商品である。
 だから払う掛け金ともらう保険金の関係を考えてもらいたい。  
 まずは10年、20年と長めの期間を区切って、いったい幾らの掛け金を払うことになるのかを計算してもらいたい。そして、いざという時にはどのくらいの保険金が入ってくるのかを調べてもらいたい。   
 そして、そのいざという時の確率はいったいどのくらいあり、果たして払う掛け金に見合うものなのか、掛け金として払ってしまうのと、貯蓄として準備するのとどちらが理にかなっているのかを考えてもらいたい。

 生命保険の掛け金=保険料は、一般に住宅費に次ぐ高額な出費となっている。  
 皆が入っているからとか、入るものだからなどと他人任せ、平均志向で決めるにはあまりにも高額な出費なのだ。  
 たとえば家系で、ある特定の病気になりやすいとか、自らの健康に自信がない場合など、個々の事情も考慮する必要もあるだろう。  
 一般的に、おひとり様には死亡保険は必要ないと言われる。死んだ後に保険金をもらっても仕方がないからだ。  
 しかし、多くの人は医療保険には入る。いざという時にお金のことを心配しなくていいように、手厚く準備しておかなくちゃと思うのだろう。  
 もちろんいざという時のためにお金は必要だ。
 しかし、公的健康保険制度を知れば知るほど、現役時代のお金を削ってまで、保険を手厚くしておくのがいいことなのか疑問がわいてくる。  
 忘れてほしくないのは、医療保険でなく、貯蓄で将来の医療費の準備をすることもできるということだ。  
 そして、貯蓄のいいところは、健康であれば、そのお金は医療費に使うのではなく楽しみに使うこともできるということだ。病気ではないが体力が衰えて手助けがあったほ うがよければ、シニア向けのホームの費用に充てることもできる。

 しかし、民間の生命保険会社に掛け金として払ったものは、もう自分の意思で使うことはできない。
 保険契約に定められた限定された状態になった時に、定められた保険金がもらえるだけだ。それも、自らきちんと書類を揃えて請求して、はじめてもらえる。ハードルが高いのだ。  
 そして、もっと重要なのは、病気やケガした時のお金の心配よりも、病気にならない準備にもっと思いもお金も費やすことだと思う。  
 医療保険に入ったからといって病気にならないわけではない。  
 しかし、毎日の食生活、正しい医療知識、適度な運動、健康的なストレス対策など、病気を遠ざけるためにできることはいくらでもある。  
 また、定期的な健康診断や気軽に診察を受けられる、話しやすいホームドクターを持っておくことも病気の早期発見につながるはずなのだ。

 最後にここまで読んできてくれたかたにだけ、おひとり様の、いやおひとり様だけではないのだが、高齢になった時の医療費の心配を少し減らす裏ワザをお教えしておきたい。

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おひとりさまの家計経済学

佐藤治彦

「普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話」「普通の人がケチらず貯まるお金の話」でシリーズほぼ12万部の経済評論家、佐藤治彦のおひとりさまと、将来おひとりさまになりそうな人が、直面する経済と生活の問題を真正面に取り上げて、その具...もっと読む

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コメント

yunoyuno55 #スマートニュース 9ヶ月前 replyretweetfavorite

SatoHaruhiko 大好評連載中の「について考えます。いまと老後の健康と安心を確保するためにいったい何が必要で、何が不要なのか?ぜひ読んでいただきたいです。 https://t.co/xALpqHbIJ1 9ヶ月前 replyretweetfavorite