とはいえ「保育園落ちた日本死ね」とか「国民なめんな」といった言葉に、みんなが一緒にノれるかというと難しいだろう、という感覚があるのもわかります。そうした発言が意味するところを、具体的に説明してほしいと思う人がいるのは自然なことかもしれません。
たとえば、原発の建設に反対するにしても、賛成するにしても、社会運動を続けていくなかで、自分たちに通じる言葉—うちの実家の「カチャカチャ」だとたとえとして幼すぎるかもしれませんが—ともあれ内輪の言葉でしゃべってしまうことがある。でも、「国民なめんな」にせよ「パートナー」や「連れ合い」といった呼称にせよ、特定の政治的課題に関心を持つ人にとってはふんだんに意味のある言葉です。ただ、そこに含まれる豊かな意味や、それを使うことで積み重なってきた社会運動の歴史は、そのコミュニティの内部にいる人にしかわからない。
知らない人に教えてみる
自分が主張をする側になったとき、自分の話している言葉がそのコミュニティのなかでしか通じない用語であると気づいて、もっと広い人に伝えるためにはどうしたらいいでしょう。ここでは、意見が同じような「味方」同士の空間を超えて、その間を取り持つ言葉をどうやってつくっていくかについて、すこし考えてみましょう。
まずは「その問題を知らない人と話す」ことです。その問題について、自分より知らない人に説明してみたり、意見を聞いてみたりするということですね。たとえば小学生とか、中学生とか、自分よりも年下であったり学年が下の人が多いでしょうか。
部活のミーティングなどで、上級生ばかりが話していてキャリアの浅い下級生はなかなか発言できないことがよくありますよね。それはまだ入ったばかりで知識がないからとも言えるんだけど、一方でその部活で当たり前とされることを知らない新入生だからこそ、新鮮な意見を言ってくれることがある。
私の場合は大学で教えるときに、つい説明もなく「マイノリティの人々が……」と言ってしまって、慌てて「マイノリティというのは、少数派という意味で」と言い換えることがよくあります。
ここで重要なのは、知らない人と接するときに、「知らない」という事実に対して怒らないことでしょうか。たとえば「先生、なんで原発に反対しないといけないんですか」と学生さんに聞かれたら、「すこし調べればわかるんじゃないか」と、ちょっとイラッとしてしまうこともありますが、私たちが知っていて当然とする知識は、「カチャカチャ」のような、限られた人同士で共有された知識の可能性もあります。
社会運動って、勉強熱心で、その分野に知識のある人の間でやる行動なので、「知っている」ことを前提に、さらに知識を得ることに熱心になってしまう。だからこそ、その問題を知らない人には「勉強しなよ」と感じてしまうこともあると思うのですが、あえて自分から説明することがあってもいいのではないでしょうか。それが一種のトレーニングになって、より社会に届く言葉を得られることもあるはずです。
けっこう人間って横着なもので、コミュニティのなかでよく使われている用語があると、それを説明する努力を怠ってしまうことがしばしばあります。
私自身もこういう仕事を続けて、いろいろな人に発信をしていくなかで、まだごく狭い範囲ですが、自分と政治的な考え方が近い人が周囲に来てくれるようになりました。それってすごく楽なんです。言おうとしていることが簡単に通じる。共通の知り合いや、お互い知っている有名人の名前を出して、「だれだれさんが」と言ったり、共通の思い出を指して、「あのときの……」と言えばすぐにわかってもらえるから。
だからこそ特定の方向に深く議論できることもあって、それはとても嬉しいんだけど、物事を説明したり解釈したりするための努力を怠っているところもあるわけですよね。話が通じちゃうことにあぐらをかいて、説明の手間を省いているところがある。
ただここで注意。何がなんでも「説明しなければいけない」というプレッシャーを感じる必要はありません。たとえば、ハラスメントや嫌がらせのように、理不尽な目に遭って、うまく言葉にできない、でも声を上げたい、という人もいるでしょう。そういう立場で「この思いをうまく説明しなきゃ」とか「他人にも理解できる言葉にしなきゃ」と努力をすることは、だれがどう考えたってつらいものです。
「知らない人に教えてみる」ことは、自分は今、自分と同じような人の空気に染まりすぎているなとか、より多くの人に知ってほしいな、と思ったときに、じゃあ試しにやってみようかというくらいの軽い気持ちで試してみるといいと思います。
イベントを大事にする
自分のいるコミュニティにしか通じない言葉を使うのをやめないと……、と思っていても、そもそも自分と違う人と対話するチャンスがないのでは「わがまま」以前の問題になってしまいますよね。
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