電車のない土地で生まれ育ったから、未だに電車は苦手の分野に入る。乗り換えはもちろんホームの反対側への行き方もわからなかったから、ある時は道を渡るようにポンと線路に降りて駅員さんにこっぴどく怒られたこともある。沖縄は一人一台の車社会だから、充分なパーソナルスペースが確保できない満員電車はとんでもない恐怖だった。
しかし、平日の始発から午後九時半までの間に設けられる女性専用車両の存在を知ってからは、そんなに早く出掛けることもない日であろうと、わざわざその通勤ラッシュの時間帯を狙って、満員電車に乗りこむようになった。
女性専用車両というのは読んで字の如く、基本的に女性だけの乗車が許される車両のことだ。朝のそれは、とても良い。そこら中に洗いたての、フレッシュなピカピカの女の人が
満員電車に乗る時、私はできるだけヒールの高い靴を選ぶ。十センチあれば身丈は一七五センチにも伸びる。頭ひとつ飛び出た高い場所から私はゆっくり沢山の女の人を眺めることができるのだ。
大学生だろうか、ピチピチと弾ける細胞の粒を抑えきれないといった元気な肌が眩しい。昨夜は夜更かしをしたのか無防備にぽかんと口を開けて居眠りをしている。この子は今日どんな一日を過ごすんだろう? どんな素敵な出来事が待っているんだろうと考えるだけで私の胸はキュンと鳴るのだけれど、いやいや、このくたびれ具合は、もしかしたら、朝帰りかもしれない! 動き出した街に何とか身を任せて夢の中から現実へ戻ろうとしているんだ。そんな夜をどれぐらい越えてここに座っているんだろう? 私のそんな夜はどこへ行ったろう? 若いっていいな、と思う。いっぱい迷っていっぱい泣いて、そしていつかきっと、やさしい夜に辿り着くんだよ。満員電車の中で私はぐぐっと涙をこらえる。
目線を移すと、パリッとアイロンのきいたシャツにスーツをピシッと着こなして綺麗にお化粧をしたキャリアウーマンもいる。きっちりと引かれたアイラインに塗りたての口紅。こんな朝っぱらからしっかり身支度の整った女の人を見ると、背筋がシャンと伸びる気がするものだ。
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