わしは地獄には行かぬが、有明海には行く」|疾風怒濤(七) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

 ところが一方の閑叟は、険しい顔で外輪や煙突を眺めては、何かを考えているように見える。

 凌風丸はしばらく三重津湾内を走り回ったが、問題はなさそうに思えた。佐野は次々と渡される数字の羅列のような書付に目を通すと、「ご無礼仕ります」と言って頭を下げて、罐室へと下りていった。

 しばらくして姿を現した佐野は、罐室の担当者らしき者を連れて戻ってきた。その男の顔は煤で黒々としている。

「ご隠居様、蒸気罐を見て回ってきましたが、異常はありません。此度の試し航行は成功です」

 佐野が試し航行の成功を告げる。帆船と違って、外輪船は外輪が水をかく時の音が大きいので、船上では大声を上げないと、近くに入る者にさえ聞こえない。

「そうか」

 内心では飛び上がりたいほどうれしいのだろうが、閑叟は例によって顔色一つ変えない。

「では、そろそろ三重津に戻ります」

「何だと」

「三重津に戻ると申し上げたのですが」

「何を言っておる。有明海には行かぬのか」

 その言葉に周囲は騒然とした。

「いえ、今日のところはこれくらいで—」

「すでにそなたらだけで有明海まで行ったんだろう」

「はい。二度ほど試し航海をしましたが—」

「では、わしも行きたい」

 事の成り行きに大隈も啞然として言葉もない。

「外洋は風も強く波も高く、何が起こるか分かりません」

 すでに船に慣れていない者たちは、青白い顔を舷側から出して胃の中のものを戻している。

「さようなことは承知だ」

「いや、ご隠居様に万が一何かあっては—」

「わしが溺れ死んでも、そなたに腹は切らせぬ。そなたはわが藩の宝だからな」

 佐野が困った顔をする。

「それがしの腹などどうでもよいのですが、ご隠居様の身に何かあれば、ご家老衆が腹を召すことに相成ります」

 佐野が付家老たちを見回すと、皆そろって視線を外した。

「そうだな。その時は此奴らが腹を切る。尤もわしと一緒に溺れ死んだら腹も切れぬがな」

 家老らの顔が引きつる。

「いや、腹の話ではなく、外洋は危険がいっぱいで—」

 困り切った佐野に大隈が助け船を出した。

「ご隠居様、日を改めましょう。さすれば伴走する船も用意できます」

 伴走する船とは、万が一の場合の救助用船舶のことだ。

「いや、今行きたい。そんなものは後からついてこさせろ」

 大隈が佐野の顔を見ると、佐野が意を決したように傍らの老人を促した。

「ここにおるのは田中久重と申す者で、この船の蒸気罐を造りました」

 田中久重という名を聞いた閑叟が、突然関心を示す。

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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maito0405 からくり儀右衛門登場。空気を読まない技術職と意欲満々の殿様に挟まれる担当者の悲哀がここに(笑) 8ヶ月前 replyretweetfavorite