軍艦一つで佐賀藩の位置付けも代わるち」|疾風怒濤(五) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

「そうでしたか。それがしでよろしいので—」

 呼び出されておいて「それがしでよろしいので」はないと思ったが、大隈の摑んだ情報によると、坂本には勝海舟から西郷隆盛まで妙に人脈が広く、軽視できないところがある。ちなみに坂本は、大隈より二つ年上になる。

「いや、逆に大隈さんに来ていただき、よかった思うちょる。何かの間違いでお偉いさんにでも来られたら、話が進まんと思うちな」

「それがしで進められる話ならいいんですが」

「ああ、適役じゃち思うぜよ」

「で、どのような御用で」

 どうも坂本という男を相手にすると、相手の調子に飲まれてしまう。

「坂本さん」と慶が言う。

「私がいたらお邪魔でしょう」

「ああ、そうじゃな」

 慶がため息をつく。

「人の店に来て昼寝をして、客人が来たら出ていけというのが、この人なんですよ」

 だが慶が坂本に注ぐ眼差しには、親愛の情が籠もっていた。

「わりい、わりい。この埋め合わせは次にするぜよ」

 慶が出ていくと、坂本が身を乗り出した。

「で、用件な」

「は、はい」

 気圧されつつも大隈がうなずく。

「何やら貴藩では、蒸気で動く軍艦を造っていると聞いたんじゃが」

「いや、それは—」

 坂本の早耳に、大隈は驚かされた。

 三重津海軍所の佐野常民らが中心となり、自製の蒸気機関で動く軍艦を建造しているという話は、大隈も聞いていた。とくに箝口令が布かれている話でもないが、他藩士や浪人にみだりに話すことでもないと、大隈は思っていた。

「ぜんぶ知っとるぜよ。そげんなでかいもん造っとったら、どっからかばれるち」

 —この男には敵わん。

 大隈は覚悟を決めた。

「仰せの通りです。それでわが藩の蒸気船がどうかしましたか」

「完成したら貸してくれんかの」

「えっ」

 大隈が茫然とする。

「きちんと借り賃は払う」

「いや、突然さようなことを言われても—」

「まずは聞いちくれ」

 ほかに誰もいないにもかかわらず、坂本が大隈の肩を摑むと手前に引き寄せる。

「貴藩は蒸気機関の製造では一日の長がある。じゃから最初の船をわしらが使い、国中乗り回せば、諸藩の者たちが目を見張る。そいから大量に蒸気船を造れば注文が殺到する。そいをわしらが売りさばいちゃる」

 —なるほどな。

 大隈は啞然として言葉も出なかったが、かろうじて一つだけ問うた。

「わしらと言っても、坂本さんは脱藩の身では」

「そうじゃ。そいじゃきカンパニーを作る」

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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切...もっと読む

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