ああ、あの薩摩の大人(たいじん)か」|疾風怒濤(四) 2

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚!
早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は
どのような人物だったのか?
幕末の佐賀藩に生まれ、
明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への道筋を切り拓いた男の思想と生涯とは。
青年期から最晩年まで、
「走る人」「闘う人」「創る人」「聞く人」として駆け抜けた、
令和版大隈像をお楽しみください。

「はい。今こそ一橋公に長州の茶をお勧めすべき時かと」

「一橋公やその取り巻きどもに、それを飲む度量はあるまい」

「仰せの通り。しかし天皇の点てた茶なら、飲まねばなりますまい」

 閑叟がにやりとする。

「なるほど、天皇に茶を点てさせるのか」

「はい。まずは天朝に『天気奉向』の申請を出し、上洛の途に就くのがよろしいかと」

 天気奉向とは、天皇に拝謁してご機嫌伺いをするということだが、むろんこの時代、何の用もなくご機嫌伺いだけで拝謁を願い出る者はいない。

 閑叟が確信を持って言う。

「天皇は長州を嫌っておるわけではないので、聞く耳は持つだろう」

「はい。天皇が嫌っているのは外夷だけ。こんな時に内戦をしていると、阿片戦争で植民地化された清国のように、外夷に付け入られるという話の持っていき方がよろしいかと—」

 閑叟がうなずく。すでに考えていたことなのだろう。

 構わず大隈が続ける。

「長州藩は諸外国の反撃に遭い、赤間関の砲台を占領されてしまいました。つまり皇土が汚されたのです。おそらく天皇もご存じとは思いますが、今こそ諸藩を挙げて長州を助けるべき時なのです」

「分かっておる」と言いながら、閑叟が少斎に目配せする。それを見た少斎は再び点前を行い、二人の前に薄茶を置いた。

「今度の茶はどうだ」

「最初のものと比べると、少し苦みが薄いかと」

「二杯目は薄茶にするのが作法だ」

「そうでしたか。存じ上げずお恥ずかしい限りです」

「それはよいが、一橋公は天皇のお気に入りだ。天皇が丸め込まれるやもしれぬ」

「仰せの通りです。その時は誰かに話をまとめさせねばなりますまい」

 閑叟が薄茶を飲み干す。

「誰かとは征長総督の徳川慶勝(尾張藩主)殿か」

「尾張公は聡明であらせられますが、実際の指揮を執る御仁の方がよろしいかと」

「誰だ」

「征長軍参謀の西郷隆盛—」

「ああ、あの薩摩の大人(たいじん)か」

 面識はないはずだが、閑叟もその高名は聞いているのだろう。

「ご隠居様が薩摩の手筋を通じて、征長に反対しているという意志を西郷殿に伝えれば、それだけで十分のはず」

「西郷は自藩以外にも同じ考えを持つ藩があると知って自信を持ち、長州と話をつけるというのだな」

「しかり。西郷殿にとって必要なのは背を押してくれる誰かです」

「それができるのはわしだけか」

「はい。他藩に賢侯は多かれど、薩摩藩と並ぶ武力を持つのはご隠居様だけです」

 閑叟が再び薄茶を喫する。

「わしが動けば、尾張公と西郷が何をしようと、一橋公は文句一つ言えぬということだな」

「そうです」

「分かった。今がその時なのだな」

 大隈は黙って平伏した。

「では、行くとするか」

 閑叟が立ち上がった。


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威風堂々 幕末佐賀風雲録

伊東潤

豪腕作家として知られる伊東潤が描く、大隈重信の成長譚! 早稲田大学の創始者で、内閣総理大臣を2度務めた大隈重信という男は どのような人物だったのか? 幕末の佐賀藩に生まれ、 明治期に藩閥政治から立憲・政党政治への...もっと読む

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maito0405 つくづく幕末って不思議な時代。幕府と朝廷のねじれ(ゆがみ)構図が鮮明になってる 8ヶ月前 replyretweetfavorite