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私は、大学院に通う理系の学生です。就職も決まり、現在修士論文の執筆中です。
大学受験に失敗してしまい一年浪人してしまいましたが、両親や親戚からの厚いサポートがあり、無事に志望校に合格することができました。
学部生時代は感謝の気持ちを込めて真面目に授業に出席していました。(しっかり学べていたかは別ですが…)そのかいもあってか、成績も上位のほうに入ることができ、無事希望の研究室へ配属されることが出来ました。
研究は辛いことも多くありますが、自分の研究でいつか世の中を良くしたい、学んだことを活かしたい、と考え、就職先も現在の学びの延長線上のことができる企業にご縁があり内定をいただくことが出来ました。
少し自慢のようになってしまいましたが、私の悩みは上記にも大きく関係しているため詳しく書かせて頂きました。
少し前、某サイトにて、「真面目に大学に行くより、少しサボったり留年したりするほうが価値のある大学生活だと思う」という一言を、好きな発信者の方がおっしゃっておりました。
この一言がずっと頭から離れません。
真面目に毎日一限に出て、良い成績をとるため勉強して、研究室に遅くまで残っている今のわたしは間違っているのか?博士課程に進学せずに就職する理系学生は、このような一言に意見する価値はあるのだろうか?
留学をしたり旅行をしたりして、世界を見ていないわたしは意識の低いダメな学生なのか?
起業をせず、自ら意見を発信せず、企業で小さな一社員として働くことは、自堕落なことなのか?
わたしは、私の6年間の学生生活が周りにどう思われているのかが怖くて、誇りに思うことができません。真面目に頑張ってきたことは、間違っていたのでしょうか。
価値のある大学生活とは、どのようなものなのでしょうか。
(匿名希望 24歳)
あけましておめでとうございます、そして就職おめでとう。2020年はあなたの人生のなかでも思い出ぶかい年になりそうですね。
ぼくは大学を出ていないし、写真の専門学校はすぐに中退してしまったので、最終学歴は高卒です。卒業した高校は福澤諭吉もびっくりするようなバカ高校で(在校生ごめんね)英語の授業はアルファベットのABCの大文字と小文字と筆記体からはじまりました、これマジです。
ぼくはいまでも勉強が全然できないし、筆記体もいまいちわかりません。ついでに修士論文の執筆の大変さもよくわかりません。ぼくは勉強が嫌いで、遊んで好きなことをしている人生でした。
それでも大学で講義をしたり、こうやって原稿の執筆をしているから、かならずしも学歴が全てではないなぁともおもいます。でもこういうのは学歴がある人がいったほうが説得力あるし、そもそも写真家って学歴とは関係のない職業なだけです。
だから、あなたの好きな発信者の「真面目に大学に行くより、少しサボったり留年したりするほうが価値のある大学生活だと思う」という言葉に、ぼくはウンウンとうなづいてしまいます。この言葉は一理も二利も三千里もあるんじゃないかな。一理なのか一利なのか一里なのかバカだからよくわかんないんですよ、さすがにウソだけど。
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