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「ニーハオ!」
閃光。
ナイフ。
立ち止まる。鋭く突き出されたそれが、ナイフだってことはすぐにわかった。目で見て、じゃなくて、殺気で。
「エー、グゥテ!」
グゥテ……あ、”goutez”。
フランス語で「味わって」。
なにをだ? 恐る恐る見る。
声の主は笑顔。片手にはナイフ。ナイフの先には、なんかオレンジ色っぽいカタマリ。そして、もう片方の手には…………………………
マンゴー。
マンゴー?
果物屋さん!
お前、果物屋さんだったのか!
それ、マンゴーの試食だったのか!
どんだけ殺る気満々の試食だ!!!!!!
2013年。日本からフランスに移住し、一年が経っていた。黒髪・黒い目・黄色い肌の、東洋〜!って顔をしたわたしが、街角で突然ぜんぜん知らん人に「ニーハオ」って言われることに、そろそろ慣れ始めた頃だった。
慣れた、というか、麻痺した、と言ったほうがいいのかもしれない。麻痺するレベルで何度も言われる。はじめは「わたしだけかな」と思っていたけれど、在仏日本人のお花見会で聞いてみたら、みんながうなずいた。「あるよね〜!突然のニーハオ」。
日本人だけじゃない。プロフィールに「Corienne(韓国人)」と書いているtwitterユーザーのMijiさんも、「突然ニーハオって言われる。突然コンニチワって言われる」っていうフランスでの経験を書いて、3000RT以上の共感を呼んでいた。「大丈夫、もう慣れてるから、って、友達には言います。だけど帰るとイライラするし、泣きたくなってしまうんです」
そして、フランスだけじゃない。他のヨーロッパの国々でも同じ経験をした。中東や南米、アフリカでも同じことが起こるんだろうか? これはせっかくインターネットでの記事なので、もしあなたにも似た経験があればこの記事と一緒にSNSで共有して欲しいなと思う。
この話で、わたしは、「あいつらはひどいぞ!」とかいって対立を煽りたいわけではもちろんない。「こんなにひどい目にあったんですぅ」っていう愚痴を吐き出したいだけでもない。正直、愚痴りたくもなる気持ちはちょっとあるけど。だけど。そうじゃなくて、この行為に……「偶然見かけただけの知らない人を見た目で判断してなんか言う」行為に、そろそろ名前をつけたいな。概念化したいな。そうすることで「これ」をもう歴史の1ページとして過去に置いていきたいな。おれたちみんなでおれたち人類の進歩に寄与しないか。な。な。という気持ちなのだ。
なんて呼ぼう?
同じような、路上で突然なんか言ってくる行為のうち、特に「相手は女だからちょっとからかっちゃおうかなw」感覚のやつを、英語圏の人たちは「キャットコーリング」と名付けた。見知らぬ人間に対して「子猫ちゃん♡」みたいなことを突然言う無礼。英語で「子猫ちゃん(pussy)」は、女性器をも指す言葉だ。
じゃ、突然のニーハオはなんて呼ぼう?
「ニーハオ・コーリング」?
英語に寄りすぎだな。
「雑ニーハオ」?
これかな。これなら、この行為の雑さをシンプルに指摘できる。そう。雑だ。あれは、雑なのだ。言われた人間に対しても、また、中国語という言語に対しても。
「雑ニーハオ」って呼び方なら、別の言語で行われた場合も、すぐ入れ替えができるだろう。たとえば、「雑ハロー」。日本において、見た目が(その人の基準で)外国人っぽいからと、道端とかですげえ雑に「ハロー!」って言う行為、あれにうんざりしてる人も少なくないと思う。
ある在日フランス人はこういう雑ハローを浴びるたびに日本語で対応していた。「はい、こんにちは。白人がみな英語を話すわけではないんですよ。ご承知おきください。」
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