第5話 前立腺の教え

文学の世界では何が起こっているのか。世界の中で文学はどのような位置にあるのか。国境、人種、ジェンダーなどさまざまな枠組みが大きく変わりつつある現在にあって、翻訳家として、研究者として、教育者として、世界文学の最先端と日々向き合っている都甲幸治さんが「21世紀の世界文学」をさまざまなトピックから紹介。ドン・デリーロが訴える歴史の重要性とは?

翻訳を翻訳する 

ニューヨークに行くことになった。友人から声をかけてもらって、ニューヨーク大学で開かれるシンポジウムで20分ほど話をすることになったのだ。考えた題名は「翻訳を翻訳する—ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』を日本語に訳すこと」である。

 ニューヨークの隣、ニュージャージーのドミニカ人街が舞台のこの作品で、登場人物たちは朝から晩まで英語とスペイン語の間を行ったり来たりしている。こうした翻訳という作業にどっぷりハマった人々の人生を、第三の言語である日本語にどう訳したか、その苦労は、なんて話そうと思っているんだけど、アメリカの人たちが興味を持ってくれるかどうかはわからない。

 前回行ったのは2004年だから、もう15年前だ。アメリカに行くとなると、ただでさえ遠くて億劫なのに、知り合いがいるロサンゼルスやハワイを優先してしまうから、どうしてもニューヨークは後回しになる。でも、前回行ったときの驚きはまだ覚えている。大通り沿いに、まさに林立している高層ビル街。アメリカ美術の名画が大量に展示されている巨大な美術館。ここと比べたら、僕が住んでいたロサンゼルスなんて田舎だ、と身に染みて分かった。

 で久しぶりなので、ニューヨークを舞台にした映画を見て、町の雰囲気を予習することにした。選んだのが『コズモポリス』である。2003年にドン・デリーロが書いた原作を、2011年にデヴィッド・クローネンバーグが監督した作品だ。なんでまたクローネンバーグ、とお思いだろうが、好きなんだからしょうがない。アメリカ文学史の授業でウィリアム・バロウズについて話していて、ついでに映画『裸のランチ』でタイプライターがゴキブリに変わるシーンを見せたら、大いにひんしゅくを買ったのも良い思い出である。

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世界文学の21世紀

都甲幸治

現在、文学の世界では何が起こっているのか。そして世界の中で文学はいまどのような位置にあるのか。国境、人種、ジェンダーなどさまざまな枠組みが大きく変わりつつある21世紀にあって、文学はどのように変わろうとしているのか。翻訳家として、研究...もっと読む

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