認知症を発症した父からの、しょんぼりとしたメール。

前回までのあらすじ)平和で、そこそこ過保護な家庭で育ち、母からも父からも大事に育てられてきた私。24歳の時に、父とニューヨーク旅行に行くと、なんだか父の様子がおかしい。今までできていたことができなくなったり、人との約束を覚えられなくなったり…。病名はついていないが、父の中の何かが『進行』しているのは明らかだった。家族はみな、認知症の疑いをかけていた。

病気にご隠居させられてしまった父

2014年 父62歳 母58歳 私29歳

退職した父は、家にいるようになると外出する機会も多くなく、家でものを食べたりお酒を飲んだりテレビを観たりして過ごすようになっていた。
この時期の父は、アクティブだった。時間だけが有り余る感覚は、仕事ばかりしていた父にとっては楽しみであり恐怖でもあったかもしれない。

この頃私は一人暮らしをしており家族と同居していなかった。たまに実家に帰って話すと、父との会話は、短時間の間に同じ内容がループされるようになってきていた。ある日、リビングで顔を合わせたあとで一度別室に行き、1時間もしないうちにリビングに戻ると「あれ、来てたの?」と言われたときは驚いた。短期的な記憶がスポッと抜け落ちるようになったのだ。

外での待ち合わせや約束は、もうすっかり一人では果たせなくなってしまった。出がけに何時にどことリマインドしたとしても、家を出てから、どこに向かうのか誰に会うのかがわからなくなってしまう。自宅から最寄駅までは15分ほど歩くので、自宅をでて駅に着くまで記憶がもたない。手に書いてもその手を見なければ意味がないので、相手を問わずいくつもの約束をすっぽかし、家族をはじめ待ち合わせ相手は何度も振りまわされた。

映画を観に行こうと父を誘い、駅で待ち合わせの約束をしたことがあった。念のため私が自分の家から出発するときに父に連絡を入れると、まだ父は家にいて、待ち合わせのことは忘れていた。
「今すぐ家を出てよ」と促すと、「はいはい、わかりました」と父は言う。しかし、待てど暮らせど来ない。1時間ほど経っても来ないので、心配しつつも、永遠に来ない人を待ち続けてもしょうがないので、諦めて一人で予定を遂行した。のちにまた父に電話すると、家にいて、申し訳なさそうに謝る。待ち合わせにこないことは、苛立つというよりも「心配」が先立つ。
その夜、父からメールがきていた。

「どうも最近、きみとの約束の時間間違えたり、きょうみたいなことがあったり、おとう、最近ひどいね、反省しています。こんなに愛しいさくやに、僕は一体何をしているのでしょうか。  みすてないでおくれ。 おとう」

しょんぼりとした子供のような父のメール。別に叱りつけたわけでもなく怒ってもいないのだが、楽しく過ごした時間のことはすぐに忘れるのに、悪いことをしたという記憶は意外と残っているのだと、なんだか不憫に思えてくる。

「そんなに気にしてないよ、でもやっぱり体のことは心配だからあまり無理して働いたりしないでほしい。もうさんざん働いたんだから、これからは好きなことをしなよ!」と私が返信すると、「そうだね、俺、働かなくていいんだなあ!嬉しいな!」などという気楽な返事が返ってくる。

しかし、寝て起きてどころか10分後には忘れている父は、その後もなぜかかかるヘッドハンティングの声に、家族の反対を押し切り乗りかかろうとする。いずれの話も結局、自分で待ち合わせができずに実現することはなかった。

学ぶ意欲はあるようで、突然、手話の勉強を始めると言って高い入学金をポンと払ってきたり、手話をしばらく続けたあとはフランス語を英語で学ぶというクラスに通い始めたり。フランスに留学したいと言い出してはエージェントと連絡を取り始めたが、あとは先ほどと同様に話が立ち消えていく。いちいちスケールも金額感も大きいことをはじめようとするのが父の性格だ。

アメリカ生活が長かったせいか、少し態度がなっていない店員などに文句をつけたり喧嘩腰になるところは昔からあった。とはいえ、携帯ショップなどで会話が成り立たず怒鳴り散らして帰って来るようなことがあったのはこのあたりの時期だっただろうか。

新しいもの好きの父がらくらくフォンなど使うはずもなく、欲しいのは最新のスマホだ。とはいえ複雑化しているはずの現代の料金体系、操作方法など、そんなことをわーっと店員に語られてもあっという間に混乱してしまうわけだ。店員さんも、父が90代のおじいちゃんだったら話し方も変わったであろう。見た目も若くハッキリと喋る父だったので、余計にやりとりが入り組んでしまうわけである。

父は自分がご隠居さんという意識はない。本当は、働きたいという希望に歯止めをかける権利なんて誰にもなかったはず。家族は、父の行動を阻害したわけではない。協力しなかっただけだ。一人で遂行することは、もうずいぶん難しくなっていた。

父は病気に、ご隠居させられてしまったのだ。

それでも、認知症の診断がおりない

長年の付き合いがある父の主治医は、このころの父の症状を『てんかんからくる記憶障害』としていた。

とはいえ、足元がやや不自由なことや、あまりにも短期的な記憶が抜け落ちること、これは認知症なのではないか?というのは家族がずっと抱いていた疑いだった。父自身は、自分の記憶の弱さや体の不自由さを頑なに認めず、なんでも一人でできるというような態度だった。病院に行くと元気に振る舞う父は、付き添った母にも口をなかなか挟ませない。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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sakuhanjyo cakesのエッセイ、年末にひっそり更新されております。 https://t.co/4cdAvGakRk https://t.co/3APnIdg6Ev 7ヶ月前 replyretweetfavorite

sakuhanjyo 第3話、更新されました! 7ヶ月前 replyretweetfavorite