わかる日本書紀

安らかな気持ちになったので地名は「安(やす)」【第14代②】

ややこしい日本書紀をわかりやすく紹介した書籍『わかる日本書紀』シリーズ第2巻から、日本の正史を学ぶ連載。

神功皇后、神託を受ける。熊襲征討①

オキナガタラシヒメ(気長足姫尊=神功皇后※じんぐうこうごう)は、開化(かいか)天皇の曽孫・オキナガノスクネ(気長宿禰王)の娘です。
母はタカヌカヒメ(葛城高顙媛)といい、仲哀(ちゅうあい)二年に、皇后となりました。

幼少の頃から聡明で叡智に富み、容姿は壮麗で、父王も不審に思うほどでした。
仲哀九年二月、仲哀天皇は筑紫の橿日宮(かしひのみや)※1で亡くなりました。そのとき皇后は、天皇が神の教えに従わずに、早く亡くなったことを悼んで、その神が祟り神であることをよく理解して、宝の国を求めようと思いました。
そこで臣下たちに命じて、罪を祓(はら)い過ちを改めて、さらに斎宮を小山田邑(おやまだのむら)※2に造らせました。

三月一日、皇后は吉日を選んで斎宮に入り、自ら神主となり、タケウチノスクネに命じて琴を弾かせ※3イカツ(中臣烏賊津使主)※4を呼んで神託の意味を解かせる審神者(さにわ)※5としました。

そして多くの(ぬさ)※6を琴の両端にうず高く積み上げて、祈り尋ねました。
「以前、天皇にお教えになったのは、いずこの神でしょうか。その御名を、お教えください」
それから七日七夜経って、答えがありました。
「神風(かむかぜ)の伊勢国の百伝(ももづた)う度逢県(わたらいのあがた)の坼鈴五十鈴宮(さくすずいすずのみや)に座(ま)す神、名はムカツヒメ(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)※7だ」
「他にも神が居られますか?」
「旗薄(はたすすき)の穂のように現れ出た私・尾田(おだ)の吾田節(あがたふし)の淡郡(あわのこおり)の神※8がいる」
「まだ他に居られますか?」
イツノコトシロノカミ(天事代虚事代玉籖入彦厳之事代神)※9がいる」
「まだほかに居られますか」
「あるともないとも知らない」
そこで審神者が聞きました。
「今お答えにならないで、後(のち)にお答えになることがありますか?」
「日向国(ひむかのくに)の橘小門(たちばなのおど)の水底※10に居て、水草も若々しく芽ぐむ神、名はウワツツノオ(表筒男)・ナカツツノオ(中筒男)・ソコツツノオ(底筒男)の神が居る」

「まだ他に居られますか」
と問うと、
「あるともないとも知らない」
と言って、ついに他に神が居るとは言いませんでした。それで皇后は神のお言葉を得て、教えのままに祀りました。

その後、吉備臣※11の祖・カモワケ(鴨別)を遣わして、熊襲国(くまそのくに)を撃たせると、幾日も経たないのに熊襲の国は自ら服従しました。

そのころ、荷持田村(のとりたのふれ)※12に、ハシロクマワシ(羽白熊鷲)という者がいました。性格は強健で、翼を持ち※13高く飛び翔(かけ)ます。皇命に従わず、たえず略奪や誘拐を繰り返していました。
十七日、皇后はハシロクマワシを撃とうと思い、橿日宮(かしひのみや)から松峡宮(まつおのみや)※14に遷りました。

そのとき突然、つむじ風が起きて、皇后の笠が吹き落とされました。それでそこを御笠(みかさ)と名付けたと言う人もありました。

二十日、層増岐野(そそきの)※15に到着し、すぐに挙兵して、ハシロクマワシを撃ち滅ぼしました。側近の者に、
「ハシロクマワシを撃ち取って、心が安らかになった」
と言いました。それでこの地を(やす)※16といいます。

※1 橿日宮(かしひのみや)
伝承地は、福岡市東区香椎。「橿日」と「香椎」とは同じ。

※2 小山田邑(おやまだのむら)
福岡県宗像市河東(かとう)付近。かつて「山田」の地名があった。

※3 琴を弾かせ
神を呼び寄せるための弾琴。琴は神の依りつく具。

※4 イカツ
中臣氏は神事を掌る氏族。イカツノオミはこの後も登場する。長生きに過ぎるが、『日本書紀』には、タケウチノスクネを代表格に、異常なまでに長生きをする人物が時折登場する。

※5 審神者(さにわ)
神のお告げを聞き、それを理解する人。「さにわ」は本来、神の降臨する場所をいう。

※6 帛(ぬさ)
神様に捧げる供物。

※7 ムカツヒメ
この長い名前の神はアマテラスを指すとする説もある。

※8 尾田の吾田節の淡郡の神
伊勢の答志島の神。アマテラスの妹とも娘ともいわれるが、なお未詳。

※9 イツノコトシロノカミ
こちらもとても長い名前の神だが、ポイントは「コトシロ」にあって、託宣する神である。

※10 橘小門(たちばなのおど)の水底
「橘小門」の場所は不明。航海を掌る神なので水底にいる。

※11 吉備臣
吉備地方(おおよそ岡山県~広島県東部)の氏族。

※12 荷持田村(のとりたのふれ)
福岡県朝倉市とも長崎県島原市ともいうが、不明。「村」を「フレ」というのは古代朝鮮語だろう。

※13 翼を持ち
人の形をして翼を持つのは蛮族の証し。尾がある、手足が異常に長いなどと同じ。

※14 松峡宮(まつおのみや)
福岡県朝倉郡筑前町粟田に松峡(まつお)八幡宮がある。

※15 層増岐野(そそきの)
福岡県糸島市雷山(らいざん)とする説もあるが、なお不明。

※16 安(やす)
福岡県朝倉郡筑前町安野。

★次回更新1月13日(月)です。


日本のはじまりを知る。

この連載について

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わかる日本書紀

村田右富実 /つだゆみ /村上ナッツ

『日本書紀』は神代から第41代持統天皇の時代までを扱った日本最古の歴史書です。しかし本文は漢文、全30巻と長く読解は難しいため、正史ながら読んだことのある人はほぼいません。そこで、劇作家が書くわかりやすい文章と、親しみやすいキャラクタ...もっと読む

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