広々とした待合室のソファーは人で埋め尽くされていた。元気そうに見えるのに、どうしてこんなにたくさんの人がここにいるのだろう。内科だったら、顔色が悪かったり、咳をしていたり、なんとなく「おつらいのかな」と察するのだけど。まあ、脳性まひの私がここにいるっていうことも、隣に座る元気なふうに見える人にとったら「?」なんだろうな。あー、この方にとっても生まれて初めて見る風景なんだ。そこはおんなじだって思ったら、なぜだか落ち着いた。
問診票に目を通したあと、成育歴から今の状況まで小一時間の面談。「どうやら、ある場面になると緊張して全身が痛くなるようですね。それは、脳性まひが原因ではないですよ。まずはその場面を回避して一度リラックスできる環境で生活することです。職場は休める環境ですか?」
と、このドクターからは休職をすすめられた。脳性まひの体はあまのじゃくで、ずっと付き合ってきたけど、今回の首の激痛からはなんとか逃れたい。そういえば、島根の子どもたちには、脳性まひについてこんなふうに説明をしたな。
あまのじゃくさん
こんにちは。おばちゃんは、生まれた時から、脳性まひという病気です。えっ、脳がまひしてる?まあ、そうなんです。正直、とてもやっかいで困っています。みなさんは、「あまのじゃく」という言葉を知っていますか?人の言うことに逆らい素直でないことです。おばちゃんの頭の中にはどうやらあまのじゃくな大きな虫がいるようです。自分が体の力を抜きたいと思えば思うほど体に力が入ってしまう。体と心と頭が二十四時間バラバラに動いてしまう。きっと、みなさんには想像できないと思います。
だいたい、病気というのは、自分ではどうすることもできない。みなさんもばいきんで病気になったり転んでけがをしたりしますよね。でも、たいがい治ってしまいます。
脳性まひは治りません。頭にあまのじゃくな虫が住み着いて、あちこち体に力を入れて、手足を動きにくくします。
顔やのどやあごにダメージをあたえて、声を出しにくくします。苦手な人や慣れない場面では体がますますかたまり、息をするのも大変になります。あっ、寒さは天敵です。そんなこんなで、おばちゃんは声をなくしつつあります。話すことが年々大変になります。
口からものを食べるのもしんどい時があります。最近は便利で食べやすいものもたくさんあります。嚙まなくても、のどにすっと通るスムージーが好きです。なので、食べなくても、太ってきました。えっへへ。話せなくなっても、言葉や意思まで失くしてしまわないように、最期までがんばって生きようと思います。自分のあまのじゃくな大きな虫もなるべく嫌わずに面白がりたいと思っています。
私、生きる気満々のこと言うてるやん。
確かに「真の生産性は、多様性を認めあうことから始まる」なんていう素敵な言葉も出始めた。「よりよい職場は、みんなで協力して補いあって作るもの」という、重度障害者を雇い入れる企業も一部出てきた。だが、まだまだ道半ば。現実は厳しい。うーん。
ある日突然、職場に重度障害者がやってきたら、障害者と初めて出会う健常者は、人によって違うけれど、ゾンビが来たかのような混乱があるかもね。でも、互いに知らないがゆえ、逆に急接近できて、うまく打ち解けたりしてね。こんなことも島根で言ったよ。
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