自分が欲しているのは、恋愛ではなく結婚なのだ。

仕事も恋愛も大きく破綻することはなく順調にやってきた。ところが50歳を目前にし、心境に変化が訪れた。そんな時に出会ったのは……。
 妊娠と出産にまつわる切実な想いを描いた7編の短編集『産まなくても、産めなくても』から「水のような、酒のような」を特別公開。

ある時、新婚夫婦の自宅を手掛けた。デベロッパーの関係者だった。二人はまだ二十代だった。妻の両親が所有する土地だという。

「二十代で一軒家とは思い切ったんですね」

「迷ったんですけど、仮に月十五万円の家賃を十年払い続けたら、千八百万ですから。でも、自分たちのものにはならないでしょう。それなら、ローンを組んででも家を建てたほうが得、という結論になりまして」

 二人にはまだ子供がいない。なのに、子供部屋はふたつ欲しいという。妻がいった。

「私は一人でいいと思っているんですけど、主人が男の子と女の子両方いるほうがいいって。そんな思い通りに授かるとは限りませんけれど、男の人は本当にこういうことになると夢見る夢子ちゃんで困りますね。まあ、最終的に子供一人だったら、物置として使えばいいですし」

 雲江は思わず、はぁ~と声を出した。

「人生設計、しっかりしてらっしゃるんですねえ」

 注文の細かさと敷地面積のわりには低予算だったけれど、雲江はこの案件にエネルギーを注いだ。若い夫婦が、自分たちを家族として作り上げていく様子がおもしろかった。

 若かったその発注主もいい歳になり、仕事での決定権を持つようになった。雲江に仕事を依頼してきた。駅ビルの再開発だった。中規模とはいえ、個人宅とは勝手が違う。

「雲江さんと、街づくりがしたいんですよ。ここは最近よくあるぴかぴかした商業施設じゃなくて……、や、ああいうのはああいうのでいいんですよ。でも、僕はここをちゃんと生活感のある場所にしたい。それには、たくさんの家を作って来た雲江さんにお願いするしかないと思って」

 素直に嬉しかった。当時、雲江は四十四歳。終わりが見える歳ではないけれど、まだ新しく挑戦できる分野があるとは思ってもみなかった。単なる箱を作るだけではなく、駅ビルのコンセプト造りから参加した。若い世代が多い新興の住宅街である。彼らの生活実態を知るところから始めるのは、なるほど個人宅を設計するのと同じだ。

 夜遅くまで営業するスーパーマーケットに総菜屋はもちろん、薬屋だけではなく、処方してくれる内科、それに歯科医院を誘致した。クライアントの発案で託児所も作った。コーヒースタンドを併設する屋根付きの駐輪場は雲江のアイデアだ。

 依頼から二年半後、駅ビルは生まれ変わった。開業当日のレセプションの後、子供連れの若いお母さんやお父さんたちが行き交う様子を見て、雲江は柄にもなく、目を潤ませた。

 駅ビルのプロジェクトが終わった後、ちょっとした燃え尽き症候群になった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

「これは私の物語だ」─そう思える登場人物に、きっと出会える。はあちゅう氏推薦!

この連載について

初回を読む
産まなくても、産めなくても

甘糟りり子

妊娠、出産、育児、家事……全くもって女性の人生は大変だ。女であるというだけで「あたりまえ」にできることが要求されるのだから。そして仕事をしたければ、その「あたりまえ」でさえ手放さなければならない。女性は、果たして「産む」だけの機械なの...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

yamanami_ya https://t.co/2HHqUFcbMI 8ヶ月前 replyretweetfavorite