ガラガラとシャッターを降ろす音が聞こえる。さっき島に到着したと思ったら、昼だというのに唯一の商店が早々に店じまいしている。遠く南東部に位置していた小さな台風が、ますます巨大化してこの島——青ヶ島にまっすぐ向かっていたのだ。
2019年に世間を騒がした、台風15号「ファクサイ」である。その大きさはニュースで未曾有と表現されるほどであり、宿にチェックインした頃には既に大騒ぎだった。女将さんたちが急いで窓に木板を打ち付けていた。
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「上陸難易度Sクラス」。青ヶ島は時にそう呼ばれる。
青ヶ島に行く手段は2種類あって、1つは船。しかしこれは難しい。島間の荒波を渡っていく船の就航率は異常に低くて、季節によっては4割を下回る。さらに船が青ヶ島まで近づけたとしても、そのまま着岸できるかはわからない。なぜなら青ヶ島は、360度を崖で囲まれた絶海の孤島であるからだ。
もう一つの手段はヘリコプターを利用することだ。ただこれも別の意味で難しい。一日の定員がわずか9名しかないのである。一ヶ月前に販売開始される予約券は即日完売し、簡単に買うことはできない。
そしてその難易度に反して、青ヶ島は魅力に富んだ場所である。世界でも珍しい「二重火山」はアメリカの環境保護NGOが発表した「死ぬまでにみるべき世界の絶景13」に日本から唯一選ばれた。また島の人口はわずか169人であり、日本一小さな村でもある。島内には信号が押しボタン式の一つしかないが、押す者がいないのでほとんどオブジェである。
上陸難易度の高い絶海の孤島。世界に認められた絶景に、日本一小さな村。そんな魅力的な場所を放ってはおけない。青ヶ島の存在を知ってからというものの、毎日予約サイトを眺めていた。そうしたら不意にキャンセル出て、予約をとることができたのだ。天気予報を見ると南方に小さな台風が発生していて、これがキャンセルの発生した原因かもしれない。台風は心配だが、この機会を逃すまいと、思い切って島に渡ることにしたのだった。
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ピカリと一筋が空に走って、地響きのような雷鳴が轟いた。バケツをひっくり返したみたいな土砂降りに、宿の補強作業も中断せざるを得ない。この宿が耐えうるのかも心配だが、何より気にかかるのが明日のヘリコプターの就航状況である。もし明日ヘリが飛ばないとなると、非常に厄介な事態になる。なんせヘリはすでに1ヶ月先まで埋まっているから、予約を取り直すことはできない。そうなると就航率4割以下の船が出るのを待つしかないが、台風後の海は時化るので、その就航率はさらに下がるらしい。
1週間は島を出られないかもしれない。宿の人にそう告げられた。それも悪くはないけど、一応僕は会社員である。週明けの会議はとりあえずキャンセルするとして、あとは天気に神頼みするしかない。
一体いつ帰れるのだろう。不安を振り払うかのように飲むのは、青ヶ島名物、幻の焼酎「青酎(あおちゅう)」だ。焼酎はあまり得意ではないけど、この酒はグイグイと進む。宿の晩飯でも飲み足りなくなって、他の宿泊客も誘って島内にある2つの居酒屋のうちの1つに入った。台風だというのに店は大変賑わっていて、店長に聞くと毎日40人くらいは来客があるらしい。島の人口は169人なので、ちょっと意味がわからない。
居酒屋にはカラオケがついていて、壁には個人名と点数が表になってずらり貼られていた。ここで歌うたびに、記録を続けているのだろう。採点表の横には地元の小学校の運動会の告知があって、プログラムをみるとほとんどが「参加者:村民」と書いてあった。村あげての一大イベントのようである。
青酎にグラスを傾けていると、知らない人が次々と話しかけてくる。どこからきたのか、何しにきたのか、なぜこんな時期にきたのか。今日釣ってきたという魚を丸ごとくれた人もいた。
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