嫌われる勇気

第五夜 vol.3 哲人は直言する。「あなたは人生の調和を欠いているのだ」

人生を幸福にするために必要だという「共同体感覚」には、「自己受容」、「他者信頼」、そして「他者貢献」という3つの要素が必要だと哲人は言います。しかし、「他者貢献」とは自己犠牲か偽善のどちらかではないのか? そもそも他者に問題があったらどうするんだ? 詰め寄る青年に対して哲人が言い放ったことばは、衝撃的なものでした。

 交換不能な「このわたし」をありのままに受け入れる自己受容。そして対人関係の基礎に懐疑を置かず、無条件の信頼を置くべきだとする他者信頼。青年にとって、この2つはそれなりに納得できる話だった。しかし、他者貢献についてはよくわからない。もしもその貢献が「他者のため」だというのなら、そんなものは苦痛に満ちた自己犠牲でしかない。一方、もしもその貢献が「自分のため」だというのなら、それは完全な偽善だ。ここは絶対にはっきりさせておかなければならない。青年は毅然とした口ぶりで語りはじめた。

若者は大人よりも前を歩いている

青年 仕事に他者貢献の側面があることは認めましょう。ですが、表向きには他者に貢献しているといいながら、結局は自分のためだとするロジックは、どう考えても偽善以外の何物でもありません。先生は、これをどう説明されるのです!?

哲人 次のような場面を想像してください。ある家庭で夕食が終わった後、食卓の上に食器が残されている。子どもたちは自分の部屋に戻り、夫はソファに座ってテレビを見ている。妻(わたし)が後片づけをするほかない。しかも家族は、それを当然だと思っていて手伝う素振りも見せない。普通に考えれば、「なぜ手伝ってくれないのか?」「なぜわたしだけ働かないといけないのか?」という状況です。
 しかしこのとき、たとえ家族から「ありがとう」の言葉が聞けなかったとしても、食器を片づけながら「わたしは家族の役に立てている」と考えてほしいのです。他者がわたしになにをしてくれるかではなく、わたしが他者になにをできるかを考え、実践していきたいのです。その貢献感さえ持てれば、目の前の現実はまったく違った色彩を帯びてくるでしょう。
 事実、ここでイライラしながらお皿を洗っていても、自分がおもしろくないばかりか、家族だって近づきたいとは思いません。一方、楽しそうに鼻歌でも歌いながらお皿を洗っていれば、子どもたちも手伝ってくれるかもしれない。少なくとも、手伝いやすい雰囲気はできあがります。

青年 まあ、その場面に関していえば、そうでしょう。

哲人 それでは、どうしてここで貢献感が持てるのか? これは家族のことを「仲間」だと思えているからです。そうでなければ、どうしたって「なぜわたしだけが?」「なぜみんな手伝ってくれないのか?」という発想になってしまいます。
 他者を「敵」だと見なしたままおこなう貢献は、もしかすると偽善につながるのかもしれません。しかし、他者が「仲間」であるのなら、いかなる貢献も偽善にはならないはずです。あなたがずっと偽善という言葉にこだわっているのは、まだ共同体感覚を理解できていないからです。

青年 ううむ。

哲人 便宜上ここまで、自己受容、他者信頼、他者貢献という順番でお話ししてきました。しかし、この3つはひとつとして欠かすことのできない、いわば円環構造として結びついています。
 ありのままの自分を受け入れる—つまり「自己受容」する—からこそ、裏切りを怖れることなく「他者信頼」することができる。そして他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えているからこそ、「他者貢献」することができる。さらには他者に貢献するからこそ、「わたしは誰かの役に立っている」と実感し、ありのままの自分を受け入れることができる。「自己受容」することができる。……あなたは、先日お取りになったメモはお持ちですか?

青年 ああ、あのアドラー心理学の掲げる目標に関するメモですね。もちろんあの日以来、肌身離さず持っていますよ。こちらです。

 行動面の目標
 ①自立すること
 ②社会と調和して暮らせること

 この行動を支える心理面の目標
 ①わたしには能力がある、という意識
 ②人々はわたしの仲間である、という意識

哲人 こちらのメモも、先ほどの話と重ね合わせればより深く理解できるはずです。つまり、①にある「自立すること」と「わたしには能力がある、という意識」は、自己受容に関する話ですね。一方、②にある「社会と調和して暮らせること」と「人々はわたしの仲間である、という意識」は、他者信頼につながり、他者貢献につながっていく。

青年 ……なるほど。人生の目標は共同体感覚だというわけですね。しかし、これは整理するのに時間がかかりそうだ。

哲人 おそらくそうでしょう。アドラー自身、「人間を理解するのは容易ではない。個人心理学は、おそらくすべての心理学のなかで、学び実践することが、もっとも困難である」と述べているくらいです。

青年 そうなんですよ! 理論は納得できても、実践がむずかしいのです!

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

ケイクス

この連載について

初回を読む
嫌われる勇気

岸見一郎 /古賀史健

「世界はどこまでもシンプルであり、人はいまこの瞬間から幸せになれる」――古都のはずれに、そんな持論を語る哲学者が住んでいました。人間関係に苦悩し、人生の意味に悩む「青年」は、到底納得することができず、その真意を確かめるべく哲学者(哲人...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

RIME3726 行為を介してしか自分を受け入れられない人々、か: 約4年前 replyretweetfavorite

fumiken 【嫌われる勇気】"もしもすべての大人たちが「若い人たちのほうが前を歩いている」と思うことができたなら、世界は大きく変わるでしょう。"⇒[今なら無料!] 約4年前 replyretweetfavorite

gekkosou [今なら無料!] 約4年前 replyretweetfavorite

mm0905 [今なら無料!] 約4年前 replyretweetfavorite