嫌われる勇気

第五夜 vol.2 青年は笑う。「あっはっは! 先生、やはりあなたは偽善者だ!」

「共同体感覚」を持つための条件として語られた「自己受容」。続いて哲人は「他者信頼」というキーワードについて語りはじめます。哲人曰く「信用と信頼は違う」。いったい、信用と信頼はどこが違うのか? さらに語られる「他者貢献」なるキーワードの正体とは?

信用と信頼はなにが違うのか

青年 しかし、その「肯定的なあきらめ」には、どこかペシミスティックな、悲観的な響きがありますね。こんなにも長いこと議論を重ねてきた結果、出てきた言葉が「あきらめ」だなんて、あまりに寂しすぎます。

哲人 そうでしょうか? あきらめという言葉には、元来「明らかに見る」という意味があります。物事の真理を見定めること、それが「あきらめ」なのです。悲観的でもなんでもないでしょう。

青年 真理を見定める……。

哲人 もちろん、肯定的なあきらめとしての自己受容ができたからといって、共同体感覚が得られるわけではない。それは事実です。「自己への執着」を「他者への関心」に切り替えていくとき、ぜったいに欠かすことができないのが第2のキーワード、「他者信頼」になります。

青年 他者信頼。つまり他者を信じること、ですか?

哲人 ここでは「信じる」という言葉を、信用と信頼とに区別して考えます。まず、信用とは条件つきの話なんですね。英語でいうところのクレジットです。たとえば銀行でお金を借りようとしたとき、なにかしらの担保が必要になる。銀行は、その担保の価値に対して「それではこれだけお貸ししましょう」と、貸し出し金額を算出する。「あなたが返済してくれるのなら貸す」「あなたが返済可能な分だけ貸す」という態度は、信頼しているのではありません。信用です。

青年 まあ、銀行の融資とはそういうものでしょう。

哲人 これに対して、対人関係の基礎は「信用」ではなく「信頼」によって成立しているのだ、と考えるのがアドラー心理学の立場になります。

青年 その場合の信頼とは?

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嫌われる勇気

岸見一郎 /古賀史健

「世界はどこまでもシンプルであり、人はいまこの瞬間から幸せになれる」――古都のはずれに、そんな持論を語る哲学者が住んでいました。人間関係に苦悩し、人生の意味に悩む「青年」は、到底納得することができず、その真意を確かめるべく哲学者(哲人...もっと読む

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コメント

RIME3726 うううむ: 4年以上前 replyretweetfavorite

jijichan4649 [今なら無料!] 4年以上前 replyretweetfavorite

gekkosou [今なら無料!] 4年以上前 replyretweetfavorite

fumiken ありがとうございます! 4年以上前 replyretweetfavorite