父の様子がおかしい…認知症の足音

前回までのあらすじ)平和で、そこそこ過保護な家庭で育ち、父からも母からも大事に育てられてきた私。ところが高校生の時、父が突然、てんかんの発作で倒れてしまう。なんとか一命をとりとめ、しばらくすると父はなんの変哲もなく普通の父に戻った……と思われた。

不穏の足音が聞こえる

ー 2009年 父57歳 母53歳 私24歳 ー

てんかんの発作から7年が経った2009年、父と私の二人でニューヨークへ旅行した。父ととても仲の良い姉、私の伯母にあたる聖美さんがニューヨークで結婚することになり、役所で手続きをするだけで式はしないというので、遊びがてら冷やかしに行くような感覚で、私と父の二人で行くことになった。我ながら、仲良い父娘だと思う。

だがそのときの父は、少しおかしかった。
アメリカは慣れっこなはずの父が、なんだか変な動きをしていたように見えた。

基本的に父は女性に優しいというか、弱い。レディファーストで、紳士的。車の運転も好きで、誰か(特に女性)を送り迎えすることに慣れていた。人と道を歩くときはその人の後ろを歩き、後ろを歩かれるのが好きではない。だけど父はゴルゴ13ではない。そんな父なので、娘にも甘かった。

娘を連れてのニューヨーク。慣れたアメリカで、父はリードしたかったのだろう。とはいえ私もアメリカへ留学していた経験もあり、自力で目的地に行くくらいの旅のノウハウは持ち合わせていた。しかしそのときは、父が行きたいところとやりたいこと、そこまでどうやっていくか、などのやりとりがなんだかうまくいかなかった。

「●●へ行く用事がある」というので、じゃあ地下鉄でこれにのって……などとアドバイスをしようとすると、「そんなのわかってるよ、大丈夫」と強い口調でつっぱねる。そして後で合流したときに、行けたの?と聞くと、行けなかったという。

父は日本語より英語のほうが上手なのでは?と思うくらい英語が堪能で、アメリカに精通していた。いつの間にか私が父以上に旅慣れしてしまったことを、プライドが許さないのだろうか?とも思ったが、自分の滞在しているホテル名をなかなか覚えられなかったり、会おうとしていた人の名前が思い出せなかったりと、いつも通りに行動を進められない自分に対して苛立っているようにも見えた。
また、その頃から父は階段をスムーズに降りられなくなり、足元がおぼつかないときがあった。

昔から私の行きたいところへスイスイと連れて行ってくれた父が、「できない」姿を目の当たりにしたのはこの時がはじめてだった。てんかん発作や薬の影響を母は心配していたが、私はまだあまり父と病気をうまく結びつけられずにいた。少し心配はあるものの、私には父の病気のことはよくわからないから母に任せておこう。そんな気持ちに近かった。


父、転職を繰り返す

ー 2010年 父58歳 母54歳 私25歳 ー

父は50代後半にして長年いた会社を退職し、転職をした。しかしその後周囲とそりが合わないことを理由にまもなくまた転職。昔取った杵柄というやつなのか、業界で実績が知られているらしい父は、歳もとっているというのに、ヘッドハンティングやらつながりで次々と声がかかる。

その後再度転職するも、今度は会社都合で退職。詳しくは聞いていないが、社内でパワハラのような訴えがあったと聞く。おそらく仕事に支障をきたすような理不尽さを伴う変化が家族には見えないところでたくさん出ていたのだろう。例えばアポをすっぽかしてしまう、自分で言ったことを覚えてなくて意見がコロコロ変わる、あるいはやや前時代的な強気な父のやり方がパワハラに見えるなど、そういう積み重ねで仕事が続けづらくなったのだろうと思う。

父は以前から会社を出る時、家に『帰るコール』をする習慣があった。あるとき、「これから帰るよ。ご飯は家で食べる」と言っていた父の帰りが少し遅かった。聞くと、「あれ、食べるって言ったっけ? 外で食べてきちゃった」という。1回や2回ならば『うっかり』で済むことが何回も繰り返されると、母の苛立ちもピークに達する。そして父が自分で言ったことを覚えていないので、父は「そんなこと言ってない」と喧嘩になる。

母は父の言動に振り回され理不尽な思いをし、父は「本当に自分は言っていない」と信じているので、自分の行動を咎められたことに腹を立てている。この頃の父は以前よりも怒りっぽくなっており、母を強い口調で責めるようにもなっていた。両親が大げんかするところをそれまでみたことがなかったので、父に何かが起きているという不穏な予感が、見て見ぬふりができなくなってくる距離まで近づいてきていた。

父が会社を退職してまた転職する間、いくらかの無職期間をはさむようになると、家にいる時間が増え、ぼんやりとした様子も増えた。それでもまだ活力はあり、仕事をしていたときにはなかなかできなかったと隠居生活を楽しむように、本やCD、家電などを買い漁ったりしていた。新しもの好きは昔からだったが、新しくテレビを買っては、買ったことを忘れてまたテレビを買って来たりする。

記憶力の低下が父の行動ひとつひとつに支障をきたすようになってきていることを、日々の父を見ている家族全員が感じはじめていた。

ただ一人、父自身をのぞいては。


父、アメリカで一人暮らし

ー 2013年 父60歳 母56歳 私27歳 ー

そうして短期間のうちに2-3回ほど転職と無職を繰り返していた60歳の父に、なんとアメリカはフロリダ州で、会社の支所長をやらないかという話が舞い込んできた。
テレビを買ったことを忘れてまた買ってきているような父だ。記憶が危うくなってきているし、そもそも基本的に家事は専業主婦の母任せだった父が一人で生活ができるわけがない!という家族の心配を押し切って、なんと父はアメリカへ、初めての単身赴任をしたのだった。

一人でのアメリカ生活はそれなりに楽しかったようで、家財道具を揃えたり、たまに料理をしたりと意外と暮らせていたらしい。覚えたてのFacebookに写真付きで生活をアップしては、「昆布だしをとろうと思ったら火がつけっぱなしで、火災報知器が鳴った。火事になるところだった…」などと不穏なことを書いていた。

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時をかける父と、母と

あまのさくや

新卒で入社した企業はブラックだった。入社2年目の24歳の時、父と2人でのニューヨーク旅行。なんだか父の様子がおかしい…。父は若年性アルツハイマー型認知症だった。徐々に変わっていく父と、取り巻く家族の困惑。そんな中、今度は母に末期のがん...もっと読む

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