三浦しをんの台詞力
「さすがにそこまでわかりやすくないだろ!」って突っ込みたくなる。
三浦しをんさんといえば辞書編纂や林業、文楽など、あまりメジャーではない職業にスポットライトを当て、見事なエンタメ小説に仕上げる作家さんとしておなじみ。
そして小説の作風とはまた違った雰囲気を持つ彼女のエッセイも、すごく魅力的なんです。
おかしい話じゃないのに、なんか笑える。いい話じゃないのに、元気になっちゃう。
とにかく人間臭い魅力にあふれています。
その魅力の秘密はどこにあるのでしょう。
たくさんありすぎて迷ってしまうのですが、ずばり一つ挙げるとするならば、
まるで“フィクションのような”台詞の見せ方! にあると思います。
フィクションのような?
エッセイって「リアルな出来事」から得た経験をもとに、意見や考えをまとめたものでしょう?
たしかに。普通は、会話の内容はそのまま書くものなんですけど。
でも、三浦しをんさんのエッセイはこんな表現によって、より「エッセイらしく」なってるんです。
〉「『ちっ』じゃねえ。どけるのが手間だってんなら、荷物はロッカーにでも預けてくればいいだろ、ごるぁ」〉「いたたたた、足に乗っかられちゃったわよ!」
分かりますか? 三浦しをんさんは自分の心の中の声や、登場人物が放った言葉に、ほんの少し「色づけ」をしているんです。
一般的な女性の心の中の言葉としては、
〉「舌打ちなんてしちゃって。どけるのが手間だっていうなら、荷物はロッカーにでも預けてくればいいじゃないの」
くらいの言葉遣いが普通じゃないでしょうか。
でも三浦しをんさんは、そんなありきたりな会話文じゃ満足しない。
「だってんなら」とか「ごるぁ」とか。実際、脳内でそんな発音をしたのかどうかは定かではありませんが、文章では型通りじゃない表現をする。それによって、より本物っぽい場面を再現されてるんです!
〉「いたたたた、足に乗っかられちゃったわよ!」
についても同じ。もしかするとおばちゃんは実際「いたた」くらいの声だったのかもしれませんが、「いたたたた」とオーバーに表現されている方が本物っぽく伝わってきます。
「ごるぁ」という漫画のような言葉の持つ印象によって、この書き手は怒ってるはずなんだけど、どことなくコミカルな印象も受けます。人間らしさ、親しみやすさが、より見える。
三浦さんの工夫はそれだけじゃありません。
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