フランスには「バカロレア」という試験がある。この試験は高校卒業資格であると同時に、大学への入学資格でもある。フランスの大学は原則無試験のため、この取得が大学への“パスポート”になるからだ。
バカロレアで課される科目の中で、特に目を引くのが「哲学」だ。毎年6月に行われる試験の初日、最初の科目が哲学である。日本に置き換えれば、センター試験初日の最初の科目が哲学といえ、いかに重きが置かれているかが分かる。
しかも、「普通バカロレア」と呼ばれる大学進学希望者の多くが受験するコースでは、文科系・理科系共に哲学は必修となっている。
毎年、この時期のテレビのニュースや新聞では、その年の哲学の試験問題を大々的に取り上げるのが恒例行事で、問題の解説と模範解答がマスコミのサイトに掲載される。気になるのは問題の中身。例えば、2018年の文科系の試験では以下の3問が課せられた。
[1]文化はわれわれをより人間的にするのだろうか?
[2]真理を断念することはできるか?
[3]以下のテクストを説明せよ。
(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』からの抜粋)
「高校生がこんな難しい問題を解くのか!」と驚く読者も少なくないだろう。だが、フランスの高校生もぶっつけ本番で解くわけではない。フランスでは高校3年生になると、必修科目として哲学の授業が組まれる。つまり、1年間かけて問題への解答法を学ぶのだ。
特に、ディセルタシオン(小論文)と呼ばれる[1]~[2]の問題は、解答の方法が詳しく決まっている。良いディセルタシオンとは、自由な発想で書かれたものではなく、あらかじめ決められた方法で問題を分析し、導入、展開、結論するという議論の型にきっちりとはめ込まれたものである。その意味では、バカロレア哲学試験は、本特集のパート1(連載第2回〜第9回)で見た「思考の型」の習得を評価するものといえる。
問われているのは文才や自由な思考ではなく、この「型」に従って問題を分析し、論述する能力なのだ。それは、反対意見の合理性も踏まえた上で、自分の意見の正当性を主張するという、民主主義社会の市民として必要な資質を育む教育に基づいている。
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