使える哲学

特別対談】佐藤 優 × 野矢茂樹 ビジネスマンはなぜ哲学と論理を学ぶべきか

哲学とは何か、論理の力をなぜ身に付けるべきなのか。週刊ダイヤモンドの連載「知を磨く読書」でおなじみの佐藤優氏が、『新版 論理トレーニング』などその著書を高く評価する哲学者、野矢茂樹氏と語り合った。

佐藤 優(作家、元外務省主任分析官)
さとう・まさる/1960年東京生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。主な著書に『国家の罠』(新潮社)、『自壊する帝国』(新潮社)、『獄中記』(岩波書店)、『国語ゼミ』(NHK出版新書)などがある。

野矢茂樹(立正大学文学部哲学科教授)
のや・しげき/1954年 東京生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学教授を経て現職。専攻は哲学。主な著書に『新版 論理トレーニング』(産業図書)、『心という難問』(講談社)などがある。

佐藤 哲学、フィロソフィーという言葉の由来は、知(ソフィア)を愛する(フィロ)ですね。

野矢 私はへそ曲がりだからすぐ違うことを言いたくなるのですが(笑)、哲学にはもう一つ別の側面があると思うんです。

 「知を愛する」と同時に、あるいはそれ以上に、「自由を愛する」のが哲学なんですね。

 哲学には何か真理を求めるイメージが強いけれども、何にでもただ一つの真理があるなんてことはない。いろいろな見方があります。「結局、いろいろなんだ」という自由さが哲学の根底にある。

佐藤 それはとても神学に似ています。「ドグマ」(Dogma)という言葉があります。教義ですね。これはカトリック教会の考えなのです。プロテスタント教会には、その複数形である「ドグメン」(Dogmen)、教理しかない。

 要するに、カトリックでは教会が定めた唯一正しい真理があるとするのに対して、私が学んだプロテスタント神学では、それぞれの教会が正しいと信じた教理が正しい、とします。絶対に正しい教義などは存在しない、というところから出発しなくてはいけないと僕は思うんです。

野矢 いろいろな見方があるという自由さを手に入れるには、言葉の力が必要で、それはいろんな言葉を身に付けることで可能となる。

 哲学というのは、唯一の真理を探求しながら、そこからはみ出ていくことをむしろ楽しむ。つまりは、哲学には真理と自由が両方ある。それを支えているのは言葉なんだと思います。

佐藤 私と野矢先生の『論理トレーニング』(旧版)との出合いは、外務省で研修生の教育係をしていたころです。優秀なはずの研修生たちが「論理」「哲学史」「数学」の知識に決定的に欠けていることに気付かされました。これはまずいと教科書を探し回る中で、先生の『論理トレーニング』や『論理学』と出合うことになります。

野矢 論理には狭い意味と広い意味があって、論理学でやっているのは狭い意味での論理、つまり演繹です。演繹というのは最も厳格な推論で、数学や自然科学で使うような論理です。

 今やさまざまな活動や仕事の場面でも、「論理が大事」といわれるようになりました。ですが、そこで演繹なんてめったに使いませんよね。例えば厳密に背理法(※1)を使って人を説得する場面など、まずないでしょう。

※1 背理法
ある主張Aを仮定し、その下で演繹を進めていくと矛盾が生じることを示し、そのことから仮定Aの否定を結論すること。「√(ルート)2は無理数である」といった数学の証明に強い武器として使われる。普段の会話で「あなたの言う通りだとすると、こんなおかしなことになる。だから、あなたの言い分は誤りだ」と使うのは、背理法的な論法(緩やかな背理法)といえる。

 実際に求められるのは、根拠を挙げて説得力を高める、言葉と言葉を正確につなげる、鋭い質問をする、質問に対して的確に答える、といった広い意味の論理力の方でしょう。

 国会中継なんか見ていても歯がゆいですよね。質問の仕方を知らないんじゃないかと。答える大臣の方は、あれはわざとはぐらかしているんですか?

佐藤 わざとです。というのは、答えは百パーセント官僚が作っていますから。時々、変な質問になるのも官僚が作っているからです。

野矢 お芝居なわけですね。

佐藤 官僚用語で「歌舞伎」と呼ばれています。

野矢 いかに無内容なことを内容があるかのように語るか。

佐藤 明日の天気は晴れか晴れ以外のいずれかであると。

野矢 正しい質疑応答が分かった上であえてずらす。

佐藤 「非核三原則」「自衛隊の海外派遣」などまさにそうです。本当のことをいかに言わないか。

 野矢先生の下で論理学を学んだ官僚たちがたくさんいるから、かみ合わない答弁も作れる(笑)。

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週刊ダイヤモンド 2019年6/8号 [雑誌]

ダイヤモンド社,週刊ダイヤモンド編集部
ダイヤモンド社; 週刊版
2019-06-03

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「物事の本質は何か?」「人間とは何か?」「正しいとは何か?」──。そんな答えの見えない難問に、人は2500年にわたって挑んできた。この間、連綿と培われてきた哲人たちの洞察や思考スキルが、ビジネスや仕事に使えないはずがない。先の見えない...もっと読む

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