危うくだまされるところだった! 翌週、青年は憤然たる面持ちで扉を叩いた。たしかに課題を分離する、という発想は有用だ。前回はまんまと納得してしまった。けれど、それはあまりに孤独な生き方ではないか。課題を分離し、対人関係の荷物を軽くすることは、すなわち他者とのつながりを失うことではないのか。果てには他者から嫌われろだと? もしもそれを自由と呼ぶのなら、わたしは不自由であることを選ぶ!
個人心理学とはなにか?
哲人 おや、どうもむずかしい顔をされていますね。
青年 課題の分離について、それから自由について、あれからひとり落ち着いて考えてみました。感情が静まるのを待って、理性の頭で。それでもやはり、課題の分離には無理があります。
哲人 ほう。お聞かせください。
青年 課題を分離すること。それは結局「わたしはわたし、あなたはあなた」と境界線を引いていくような発想です。たしかに対人関係の悩みは減るでしょう。しかし、そんな生のあり方が、ほんとうに正しいといえますか? わたしにはきわめて自己中心的な、誤った個人主義としか思えません。たしか最初の訪問時、アドラー心理学の正式名称は「個人心理学」だとおっしゃいましたよね? その名前がずっと気になっていたのですが、ようやく合点がいきましたよ。要するにアドラー心理学、すなわち個人心理学とは、人を孤立へと導く個人主義の学問なのでしょう。
哲人 たしかにアドラーの名付けた「個人心理学」という名称は、誤解を招きやすいところがあるかもしれません。ここで簡単に説明しておきましょう。まず、個人心理学のことを英語では、「individual psychology」といいます。そしてこの個人(individual)という言葉は、語源的に「分割できない」という意味を持っています。
青年 分割できない?
哲人 要するに、これ以上分けられない最小単位だということです。それでは具体的に、なにが分割できないのか? アドラーは、精神と身体を分けて考えること、理性と感情を分けて考えること、そして意識と無意識を分けて考えることなど、あらゆる二元論的価値観に反対しました。
青年 どういう意味です?
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